001話 失われた時代、芽吹く世界
はじめまして。拙作をご覧いただきありがとうございます。
初めての投稿で至らない点も多いかと思いますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
序章 失われた時代、芽吹く世界
千年前――。
人は蒸気を噴き上げる機械を操り、鉄とガラスの塔を天に伸ばし、雲をも貫いて空を支配していたという。夜には数えきれぬ光が都市を照らし、昼には空を飛ぶ機械が大陸を繋ぎ、川や山を越えて自在に往来したと伝えられている。
だが、その栄華は突如として崩れ去った。
大戦か、天変地異か、あるいは人の驕りそのものが神々の怒りを買ったのか――。
古き伝承は沈黙し、ただ滅びの痕跡だけが残された。
鉄を鍛える術は途絶え、数千もの機械は動きを止め、かつて空を翔けた翼は落ち、都市は苔むす遺跡と化した。塔は崩れ、石と鉄は大地に還り、人々は森と大地に根差す暮らしを余儀なくされた。
だが、失われたすべてが無に帰したわけではない。
かつて人が築いた都市や砦は、深い森に呑み込まれ、巨大な石窟へと変貌していった。
そこには濃い魔力が満ち、異形の魔獣が跋扈した。人々は恐れと憧れを込めて呼んだ――。
「ダンジョンこそ、神が遺したもうた試練である」と。
やがて人々は、ダンジョンの奥で魔力を宿す結晶――魔石を発見する。
魔石は火を熾し、水を湧かせ、時に光を灯し、鉄や金にも勝る価値を持った。
農村に暮らす者は生活を支えるために、都市に住まう者は富と権力を得るために、こぞって魔石を求めた。やがて人々は、命を賭してダンジョンに挑む者を「冒険者」と呼び始めたのである。
冒険者は英雄であると同時に、無謀なる愚か者でもあった。
多くはダンジョンの闇に呑まれ、その名を残すことすら叶わなかった。
だが彼らが切り拓いた道が、再び人々を繁栄へと導いたのもまた事実であった。
そんな世界の片隅――。
森と湖に抱かれた小さな村、アルディナがあった。
村は深き森の縁に位置し、湖から流れ出す川を中心に田畑が広がっている。
人々は季節の巡りに合わせて種を蒔き、刈り取り、森の恵みを糧とした。森からは木の実や獣の肉、湖からは魚と水がもたらされる。
村人は自然と共に生き、掟を守り、外の世界との関わりを最小限に留めて暮らしていた。
その村に、一人の少年がいた。
黒髪に黒い瞳。寡黙でありながら、誰よりも優しい心根を持つ少年――リオ。
彼は母エリナに女手ひとつで育てられていた。
父の名は決して語られず、リオもまたその理由を問うことはなかった。母は強く、優しく、彼のすべてを支えていたからだ。
リオには二人の幼馴染がいた。
一人は金髪碧眼の少女セラ。気の強さと好奇心は村一番で、幼いころからリオを引っ張りまわしてきた。父オルドは腕の立つ鍛冶職人で、村に残る数少ない金属加工の技術を守っている。母リディアは聡明で穏やか、時に村の相談役となるほどの知恵を持つ女性だった。
もう一人は、栗色の髪をした快活な少年カイル。体力自慢で、誰よりも走るのが速く、森を駆け回ることを得意としていた。父ドルフは狩人で、弓と槍を巧みに操り、村に肉を供給していた。母マリアは気丈で朗らか、時には村の若者をまとめる姉のような存在であった。
三人は幼いころから共に過ごし、森を探検し、川で魚を追い、夜には未来の夢を語り合ってきた。
セラは冒険者になることを夢見、カイルは狩人として名を上げることを望み、リオはただ二人の笑顔を守りたいと願っていた。
だが村には、決して破ってはならぬ掟があった。
――「東の大樹海にあるダンジョン《古き精霊のダンジョン》には近づくな」。
それは村長から繰り返し叩き込まれた戒めであり、子どもから大人まで誰もが知っている禁忌であった。
《古き精霊のダンジョン》は他のダンジョンとは異なり、不可思議な結界に覆われていた。結界は目には見えぬが、近づけば空気が震え、足が前に進まなくなる。熟練の冒険者ですら踏み込むことができず、その内部を目にした者はいなかった。
村人たちは口を揃えて言った。
「あそこは神々の領域だ」
「あの森に迷い込めば、二度と帰れはしない」
しかし、人の心に宿るものは恐怖だけではない。
同時に強い憧れと、抗えぬ好奇心が芽吹くのだ。
セラは幾度も「いつか私が結界を越えてみせる」と口にした。
カイルは笑って「だったら俺が先に行って宝を見つける」と返した。
リオは二人を窘めながらも、心のどこかでその先に広がる光景を夢想していた。
――古き文明の残骸。
――精霊が眠る聖域。
――神々が遺したもうた試練。
人は知らぬものに恐れを抱き、同時に惹かれる。
それは子どもであろうと、大人であろうと変わらなかった。
こうして、三人の物語は静かに始まりを告げようとしていた。




