夏の夜の小旅行「アブラコウモリ」って一体誰ですか?
早々の梅雨明けから続いた酷暑が一時だけ止んで、高原のこの地らしい涼しさが戻った夜。
秋を思わせるような虫の声もどこか嬉しそうに、宵闇に静かに響く。
久しぶりにエアコンも切って、ベランダから吹き込んでくる湿り気を帯びた夜風を満喫しながら作業していた。
さあそろそろ寝ようかな窓を閉めなきゃ、と思い立ち窓辺へと近寄った時だった。
「チチチチチチ‥‥‥」
ちちち、というか「キキキキ」というか、早口に囀る小鳥の声が耳に飛び込んできた。
それはベランダから見える向こうの森の方からこちらへと近づきながら響いてきたように感じた。
ん?こんな時間に小鳥…?
なわけないな。鳥たちは間違いなく寝静まってる深夜0時。
‥‥‥あれっ、もしかしてこれが「こうもり」ってやつの鳴き声か?
そういえば、裏の森からも時々こんな鳴き声が聞こえてきた事、あった気がする!
闇に乗じたハンターに鳥の巣が襲われちゃったりしてるのかな?とかふっと思ったことはあったけど、それと「コウモリ」を結びつけて考えた事が無かった。
何故って、周辺でその姿を見かける事ってほぼ無くて身近に感じてなかったのが一つ。そして以前野外活動で頻繁に訪れてた近くの植物園にコウモリがいっぱい生息している溶岩洞窟がぞろぞろあったので、「蝙蝠」と言えば洞窟!みたいなイメージが自分の中ですっかり出来上がっていたからだった。
夜の静寂、黒く透けた薄布を素手でぴーっと引き裂いてく…みたいな、心の片隅がざわッとするような高周波の囀り。これは一体、だれのもの……?
この音波が耳に鮮明に残っているうちに!と、寝ようとして閉じかけていたPCのブラウザをまた開いて、急ぎ検索を開始した。
「こうもり 鳴き声」
ようつべの動画がトップにあがってきて、とりあえず一個目のそれを開いてみた。すると。
「チチチチチチ キキキキキキ......♪」
あー、あったあ!そうだよ まさにこの鳴き声、そっくり!
これだ!!\(^o^)/
一発目でクリーンヒット。タイトルは「アブラコウモリの鳴き声」だ。そうか、彼らは「アブラコウモリ」って言うんだ!
森や洞窟だけじゃなく、人家の天井裏とかに棲みついちゃうから「イエコウモリ」とも呼ばれてる、昔から全国廿浦浦で至極一般的な小型の蝙蝠たちなんだと記載されていた。
掌半分に乗る程のちいさな蝙蝠たちは、ネズミのような子ザルのようなちょっとファンキーな可愛い顔つきのやつらだった。
そうかー、あれが蝙蝠の声かー!今まで時々、夜に窓の外から聞こえてきてたのは君らの話し声だったんだね!よしよしわかった、満足!!じゃあ、もう今夜は寝よう!
一つ疑問が解けてちょっと弾むような心持ちで、その晩はほくほくして床に就いた。
翌朝。
幾匹かの仲間たちと共に夏の夜の闇のなか、キイキイ音波を出しながら餌をさがしパタパタ忙しなく飛び回る彼らの姿が、目覚めたばかりのぼんやりした頭にうかぶ。
それにしても……「アブラコウモリ」って変な名前だなあ。そもそもなんで「アブラ」なんだろう?身体が脂ぎっている?油を好んで舐めるとか?確か昔話で、夜な夜な行燈の油を舐めに来る、みたいな怪談があったな……いやあれは猫だったか 笑。
あっそれとも!
天井裏 屋根裏に棲みつく、っていうんだから、そこには彼らの生活の「残骸」(や死骸)ってモノがいっぱい残っちゃう訳で、そういうのが徐々に染み込んで天井に油じみみたいな「シミ」とかが出来たりするから…とか?
どや?これ わりといい線いってるんちがうかな?
なんてあれこれ考えていると、そわそわと知りたい虫が動き出してもう止まらない。
サッと着替えると朝食なんてそっちのけでPCの前にとっとと座り、スイッチオン!(今ってホントに便利だ)
幾つかのページを覗いてみると「アブラ」の由来には諸説あるらしいことがわかった。
1.見た目が、油を塗ったようにテカテカ・べたべたしてそうだから説
(でも実際触るとすべすべで、別にぬるぬるでもべたべたでもないらしい)
2.昔から「アブラムシ」(脂の昆虫)と巷で呼ばれていたから説
3.学名をPipistrellus abramus というから説
へえ~~そうなんか!
えっでも、何で「アブラムシ」なの?とまた別の疑問が湧く。
とても小さい個体で成獣でも50㎜ほど。蝉くらいのサイズ感みたいだから、虫とよばれてたのかも?居合わせた家族にも話を振ってみると、曰く
「アブラムシを好んで食べるからじゃない?」
「発見者(紹介者)の名前由来じゃない?だってシーボルトって確かエイブラムス・シーボルトじゃなかったっけ?」などと、次々に信憑性全く無視の予測が続く。
アブラムシを餌に!?ありそう。んんんでも、蝙蝠って夜行性だよね?暗くなってからあんな小さなアブラムシを捕食しにいくか?
で、食性を調べてみると餌にしてるのは蚊とかゴキ〇〇とか、ハエとか。飛んでる虫を捕食するって書いてあった。ほら、やっぱアブラムシ由来じゃなさそうだ。
じゃ次。シーボルト博士って、名前エイブラムスだったっけ?
あーそれだ!なんかそれ、ありっぽい!
で、調べてみると。彼の本名は「フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト」(ドイツの医師・博物学者、1796- 1866)だそうです。
じゃ、エイブラムス・シーボルトって誰だよ!
「えっそんな名前の人、居なかったっけ?なんか聞いたことある雰囲気なんだけど」
ちなみにググってみたところ該当者は一人もいませんでしたwwww
ガセかよ!!(・∀・)
え、じゃあさ、虫のアブラムシのアブラって、なんなん?脂が取れるの?……アブラムシから取れたアブラとかって…個人的にはちょっとあんま想像ができない分野だ(^▽^;)
で、アブラムシの名前の由来を調べる。すると、やはり油がとれるからってわけじゃなかった。江戸時代の子供達にアブラムシを集めてすりつぶし、紙に塗ってテカテカにする遊びがあって(食事中の方スミマセン)、そのテカテカぶりが油をぬりたくったみたいだったためアブラムシって呼ばれていたから、とあった。
‥‥えええそうなんか!!!これはビックリ情報だった。
てな感じでどんどん飛躍していってしまう(コウモリだけに!)
入って来る新情報に、既存の情報が繋がって新たな疑問が湧き、それを調べ出すともうきりがない。
脳内のシナプスネットワークが次々に繋がって、ハテナの翼が際限なく広がってくみたいなトンデモ状況になっていく 笑。
でもこういうのが楽しいんだよね。
話を元に戻そう。
じゃあ、結局アブラコウモリの「アブラ」とはなんなのか、だ。
江戸時代より以前から日本に広く生息していたその蝙蝠は、油を塗ったような見た目とか虫くらいの大きさとかで知られており、家屋の屋根裏に棲み付くことも多くてとても身近な生き物だった。害虫を捕食もするから益獣としても親しまれてた。
そして長崎地方ではそんな彼らを「アブラムシ」って(親しみを込めて?)呼んでいたんだそう。
それをシーボルト博士が標本にして西洋に持ち帰り、「日本に生息するアブラムシって呼ばれてる蝙蝠だ」って紹介したから、学名が「abramus」とつけられた。
どうやら情報を総括すると、そういう事らしい。
結局アブラコウモリはアブラムシを主食にはしてないようだし 、油じみを天井に作るからでもないし、博士の名前もぜーんぜん違ってた 。
けれども、週末深夜の静寂、窓の外から一瞬聞こえてきた彼らの鋭い鳴き声から広がった「なんだあれ?知りたーい!」の旅は知らない世界の扉が次々に開いていく様な脳内トラベルとなって、実に面白かった。
昨晩は、近隣二か所で開催されてた夏祭りで打ち上げ花火の大きな音が競うように宵闇に響き渡っていた。蝙蝠たちもその賑やかな光の花と大音声に、ビックリしたんじゃなかろうか。
花火が終わればベランダを通り抜けるのは湿り気を帯びひんやりとした夜風と、コロコロリリリと響く虫たちの声。静けさが戻った星空に目を凝らしつつ しばし耳澄ませてみたけれども、蝙蝠の声が聴こえてくることはなかった。
けど、森の何処かや近所の農家さんの納屋あたりに彼らの棲み家があって、ちいさなその身を寄せ合い、暮らしてるんだな。
昼間見かける小鳥たちみたいに普段目にすることはないけど、小さな彼らの存在がぐっと身近に思えてきた。自分が生きる世界がほんの少しだけ広がって、一緒に生きる仲間が増えたように感じられてちょっと嬉しく、なんとなーく心がほこほこと弾む。
猛暑続く毎日に、思いもよらぬ楽しい夏の小旅行になった。
注】
害虫を捕食してくれるありがたさから、昔は家に棲みつくと福を招くと喜ばれてたらしいアブラコウモリ(イエコウモリ)。ただ、排泄物等が感染症やアレルギーほか健康被害の原因になったり、害虫を呼び寄せたり家屋を傷めたり、騒音や異臭などの被害が生じる事があるそう。糞や生体を見つけたら無闇に触らない、正しく衛生的処理をし、棲みついてしまったら専門業者による駆除、というのが一般的対応なんだそうです。