記憶でしかないのかもしれない
暗い中から目を覚ました私は、小さな女の子になっていた。
最初こそ喋るのはままならなかったし、立ち上がるどころか手脚で這うことも出来なかった。
ようやく生まれ変わりなのだと理解したある日、母親と散歩に出たとき好きな人が目に入り、思わず短い手脚を一生懸命動かして走り出していた。
左右に身体は揺れるし、必死になればなるほど安定性が失われ、気持ちとのギャップにもどかしく焦りが募った。
記憶にある姿に比べて、ずいぶん歳を重ねたように思えたけれど、それでも好きな人を見間違うはずがない。
彼は私をただの小さな女の子としか思わず、気づいていないようだったけれど構わなかった。
だから、今の全力で駆けた。
しかし、次の瞬間、耳をつんざく乾いた音が私の鼓膜を襲った。
びくりと小さな身体が硬直し、一瞬の後に気づくと目の前に好きな人の顔があった。
覆いかぶさるように全身を包まれ、歳を取っても穏やかな雰囲気は残っていたが、私を救って死んでしまったことを直感で理解してしまう。
そんな幼少期の記憶があり、両親はその時のことを口にしないが、私はたまらなく胸が締め付けられて泣いてしまう時がある。
なんとなく誰にも言えず、高校生になっても悲しくなって一人になれる場所で涙をこぼしていた。
すると幼稚園の頃から一緒の、年下で中学生の彼がやって来る。
「なに?」
この気持ちの時は一人で居たいし、誰にも干渉されたくない。
なので、空気の読めない彼に対し、つい棘のある口調が口をついて出てしまう。
もっとも泣いているので刺々しくても、それが伝わるかは分からないけれど。
「……別に」
その言葉に、だったら一人にしてくれと目を閉じた。
すると静かに後から腕が首に回され、私は肩をびくりと震わす。
「ちょっと! なにーー」
不意打ちに女の子を後から抱き締めるなど許されないと叱ろうとしたけれど、思いのほか低くて落ち着いた声に囁かれ、文句を言う気がそがれてしまう。
「僕はまだ中学生だし力も何もないけどさ。悲しませないような強い大人になるから、その時は付き合ってくれない? 寂しい思いも悲しい気持ちにも、そんな顔には絶対にさせないから」
何を言い出すのか、もう兄に会えない寂しさからか、強がりな言葉が漏れた。
「お姉さんにそんなこと言って、バカじゃないの……」
回された腕にそっと指で触れる。
「でも、本当に頼もしくなったら考えてあげる」
転生しても好きな人にも会えないなら、もうこの想いは記憶でしかないのかと目を伏せる。