抱き締めて体温を伝えようとも
事故だった。
よく晴れて何のドラマ性も無い一日。
こんなにも生前と変わらない寝顔なのに、愛していた妹は安置所で死んでいた。
連絡を受けて駆けつけた時には遅く、自宅に車で運ばれる遺体の隣に付き添った。
ずっとずっと想いをしまい込み、ただの性欲だとかコンプレックスからくる勘違いだとか、いつか思い込みから目が覚めるだろうと思っていたのに、こうして布団に横たわる妹の姿に胸が苦しくなる。
ショックを受けてまいる両親に代わり、その枕元で寝ずの番の夜伽をすると自ら進み出た。
夜伽は一晩中ロウソクや線香の火を途切れさせないようにするのだが、もう一時も彼女から離れたくない切なさに支配され、胸が張り裂けそうで辛くて仕方なかった。
誰もが眠りにつき、月明かりも存在しない深く静かな夜。
線香の代わりに妹の部屋から、アロマの入った容器を置き、リードディフューザーを挿す。
目を覚まさない寝顔を見つめていると、同じだけれど少し違うアロマの香りが漂い出し、彼女から香った匂いが脳内に再生されて辛くなった。
やりたくても生前できなかったが、名前を呼んで頬に手を伸ばす。
そっと触れると僅かに弾力があるものの、ひんやりとした冷たさしか感じられない。
顔を寄せると鼻先に好きな人の残り香が掠め、泣きそうになる。
「こんな兄でごめん」
囁くように小さく謝り、衣服を脱がして滑らかな肌をさらす。
そして優しく重い身体を起こし、体温を分けるように抱き絞めて彼女を犯す。
「くっ……」
死者への冒涜と兄妹としての禁忌、そして妹を求めるほどの狂おしさを吐き出して果てる。
体温を分けるように抱き締めても、愛してしまった妹の身体は冷たいまま、長い髪からのぞく顎も、肩に置かれたままだった。
いくら抱き締めて体温を伝えようとも、変化のないことに心が凍えていく。
彼女の一番でありたかったのも、ピンチの妹を助けるのは自分でありたかったのも、困ったときに頼られるのが自分であって欲しいと願ってしまったのも、好きな人を汚して初めて隠していた気持ちが性欲だったのかと、セックスしたい衝動を恋と混同していたことがどうしようもなくショックだった。
誰にも知られぬように彼女を戻し、奇跡など世界に起こらず、いつも通りの朝を迎えた。
そして親族に見守られた火葬直前、最後の別れのときに泣き声がした。
「赤ちゃんの……声?」
誰かが戸惑いと共に呟き、蓋のされる前の棺を見下ろし、花に包まれた彼女の腹部に気がつく。
信じられないものを目の当たりにし、震える声で膨らむお腹を指さした。
ーー赤ちゃんが産まれる?
そう俺は直感した。
事故だったので死体の検案もされており、あり得ないことが、まさしく神の奇跡といえることだった。