ラウンド3:格差と救済
(スタジオがゆっくりと明るくなり、あすかがテーブル中央に腰かけ、指先で軽く天板を叩く)
あすか(落ち着いた声で)
「さあ、お待たせしました。
休憩のあとの第三ラウンド、テーマは——『格差と救済』です。」
(後方のスクリーンに、筆文字で「格差と救済」と映し出される)
あすか
「“格差”という言葉を耳にするたびに、私たちは少し胸がざわつきます。
では、それは本当に“悪”なのでしょうか?
救済とは、どこまでが必要で、どこからが介入なのか?
……今日の4人なら、きっとその本質に迫れるはずです。」
あすか(柔らかく)
「ではまず、トマス・モアさん。
あなたにとって、“格差”とはどういうものですか?」
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モアの語り
モア(神妙に)
「格差とは、人が“同じ価値を持つ存在”として扱われていないということ。
私はそれを“構造的な侮辱”と捉えます。」
モア
「人の価値は、財によって決まるものではない。
にもかかわらず、教育、医療、食事、尊厳までもが“富のある者だけの特権”とされるならば、
それは……社会の失敗です。」
スミス(静かに頷き)
「モア殿の言葉には、魂がありますな。」
モア(続けて)
「私は“均等”を求めているのではありません。
しかし、“不当な格差”は、社会の病理を露呈している。
ベーシックインカムは、その病に効く初歩的な薬になるかもしれません。」
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鄧の現実主義
あすか
「ありがとうございます。では……鄧小平さん、いかがでしょう?」
鄧(端的に)
「格差は“現象”に過ぎない。
問題は、それが“固定化”されることだ。」
モア(身を乗り出して)
「つまり、放置することには反対だと?」
鄧
「当然だ。
だが、“格差ゼロ”を目指す社会は幻想にすぎない。
それは“能力差”や“努力の差”まで否定することになる。」
スミス(補足するように)
「“機会の平等”と“結果の平等”は、区別されるべきだ、ということですな?」
鄧
「私は“結果”の平等より、“軌道修正”の手段を持つ社会を信じる。」
モア
「では、ベーシックインカムはその“軌道修正”に値しますか?」
鄧(間を置いて)
「状況による。
地方、失業者、障害者などに限定すれば、有効な場合もある。」
あすか(ニッと)
「……やっぱり、“限定的な導入”という慎重派ですね。」
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スミスの市場と倫理
あすか
「では、アダム・スミスさん。“市場”と“格差”の関係について、どうお考えですか?」
スミス(落ち着いた調子で)
「市場は、情報と資源の配分を効率化する装置です。
しかし、市場には“心”がありません。
格差を“是正する力”も、“人を見捨てぬ情”も、市場そのものには備わっていない。」
モア(うなずきながら)
「だからこそ、人の“倫理”が必要だと?」
スミス
「ええ。市場の外側にある、“共感”と“制度”が補完することで、
格差は単なる競争の副産物ではなく、“社会的対話の結果”として調整されるべきです。」
ニーチェ(ここで身を乗り出す)
「だが、その“倫理”とやらが、凡庸な平等主義に堕するなら、
私はそれを“悪徳”と呼ぶ。」
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ニーチェの逆襲
あすか(少し構えて)
「……では、ニーチェさん、どうぞ。」
ニーチェ(ゆっくり立ち上がり)
「“格差”とは、力が存在する証だ。
誰かが高みに立ち、誰かがそこに憧れる。
それこそが“人間の躍動”ではないか?」
モア(語気を強めて)
「では、底辺にあえぐ者たちを、ただの“踏み台”にするおつもりか!」
ニーチェ(目を細めて)
「おまえたちはいつも、“可哀想な者”を語るが、
私は“強くあろうとする者”の側に立ちたい。」
スミス(やや苦く)
「しかしその“強さ”は、ときに“冷酷”と紙一重です。」
ニーチェ
「結構。冷酷になれぬ者に、創造などできぬ。
格差を否定することは、すべての創造的な力を封じることに等しい。」
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議論の熱
(全員が口調を強める。スタジオの空気に再び熱がこもる)
モア(立ち上がって)
「力ある者の責任を否定する社会に、未来はない!」
鄧(冷静に)
「感情ではなく、仕組みで解決すべき問題だ。」
スミス
「“共感”と“競争”のバランスこそが、鍵である。」
ニーチェ(鼻で笑う)
「ならば問おう。“競争”に敗れた者に、何を与える?」
あすか(手を上げて制止)
「はいはい、皆さん!“炎上”の匂いがしてきましたので、一旦ブレイク!」
(スタジオに小さな笑い。だが、対談者たちの目は真剣そのもの)
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あすかのまとめ
あすか(少し緊張をほぐしながら)
「“格差”という言葉の重みが、それぞれの視点によって全く異なるということが、
とても……強く、伝わってきました。」
あすか(少しだけトーンを落として)
「優しさと厳しさは、時に同じ顔をしているのかもしれません。
次のラウンドでは、いよいよ――“人間の理想像”についてお聞きしてみたいと思います。」
あすか(明るく)
「果たして、ベーシックインカムの先にいる“未来の人間”は、どんな姿をしているのか?
Round 4も、どうぞお楽しみに!」
(ライトが落ち、次のラウンドを告げる文字がスクリーンに浮かぶ)