ラウンド1:ベーシックインカムとは“善”か?
(スタジオ照明がほんのり温かく灯る。あすかが正面を向いて語りかける)
あすか(静かに語り始める)
「さあ、最初のテーマはこちらです。」
(後ろのスクリーンに浮かび上がる白い文字:「ベーシックインカムとは“善”か?」)
あすか(穏やかに)
「“善”とは何か。簡単そうに見えて、最も答えが分かれる問いかもしれません。
ベーシックインカムという制度を、“人道的”と見るか、“制度的な欺瞞”と見るか。
このテーマから、皆さんの価値観の核心が垣間見える気がします。」
あすか(にこっと)
「ではまず、トマス・モアさんからお願いできますか?」
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モアの発言
モア(丁寧に言葉を選びながら)
「ありがとうございます、あすかさん。
私は、社会が貧しき者を見捨てるとき、その社会は“正義”を失います。
ベーシックインカムとは、ただ金銭を配るのではなく、人が“人らしく”生きるための最低限の尊厳を守る制度です。」
(スミスがうなずく。ニーチェが口の端を吊り上げる)
モア
「『ユートピア』の中でも、私は“強者が富を独占することが、犯罪を生む”と書きました。
ならば、貧しさそのものを制度によって取り除くことは、むしろ社会秩序のためにも“善”なのです。」
あすか(目を細めて)
「“制度の善”というお考えですね。では……アダム・スミスさん、続けていただけますか?」
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スミスの発言
スミス(慎重に)
「トマス殿のおっしゃることには、共感を覚えます。
私もまた、人の“共感”が社会を形づくる力を持つと信じています。
しかし、制度とは常に人の行動を誘導する枠組みでもある。」
スミス
「つまり、“何もせずとも収入がある”という制度が、人々にどう影響するか。
これは、経済的な“善”だけでなく、道徳的な“惰性”を生みかねない、という危惧があります。」
モア(穏やかに)
「アダム殿、それは“人間は怠ける”という前提に立ちすぎてはいませんか?」
スミス(柔らかく返す)
「逆に問います。人間が常に他者のために働く存在ならば、
なぜ市場に“利潤”という仕組みが必要だったのでしょう?」
(鄧が短く「ふっ」と笑う)
あすか(おっ、という表情)
「これはなかなか……重たい応酬になってきましたね。
では、現実主義の代表・鄧小平さん、どうお考えですか?」
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鄧の発言
鄧(無駄のない口調で)
「“善”とは結果によって評価されるべきです。
ベーシックインカムが社会の安定と生産性を高めるならば、それは善です。
逆に、財政を圧迫し、勤労意欲を削ぎ、国家を衰退させるならば、それは害悪です。」
鄧
「我々は、理想を語るだけでは人民を養えない。
政策とは、絵空事ではなく、数字と汗で測るべきものです。」
モア(やや身を乗り出して)
「しかし、その“数字”に見えぬ人間の苦しみがあるのでは?」
鄧(静かに一瞥して)
「私はその苦しみを、実際に地べたで見てきた。
だからこそ、“幻想”で群衆を満足させることには、注意を払う。」
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ニーチェの発言(火種)
あすか(慎重に)
「では……最後に、ニーチェさん。」
(少しの間、沈黙。ニーチェは指を組み、他の3人を見渡してから、低く口を開く)
ニーチェ
「なるほど。“善”の話か。
人間の群れは、“善”という言葉で自分たちの弱さを正当化してきた。
——ベーシックインカム?甘えだ。」
(あすかが“きた……”という目つき)
ニーチェ
「働かずに金がもらえる?それは“生きていること”への報酬か?
ならば私は問う。何も生み出さぬ存在に、何の価値がある?」
(会場がざわめく)
モア(険しい顔)
「価値は、経済的生産性だけで測るものではありません!」
ニーチェ(あざ笑うように)
「そう言う者ほど、秩序に守られた城に住み、“弱者の美徳”を称えて酔っている。」
スミス(語調を少し強めて)
「フリードリヒ、それは暴論だ。人間は利己的であると同時に、共感という徳も持ち合わせている。」
ニーチェ(鼻で笑う)
「“徳”?そんなものは、弱者が強者を引きずり下ろすための装置だ。
——私は、そういう制度を“善”とは呼ばない。」
(鄧が腕を組み、無言で一同を観察している)
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あすかの締め
あすか(軽く深呼吸して)
「はいっ……まさに火種がそこかしこに撒かれましたね。
でもまだ爆発はしませんよ、ニーチェさん。焦らない焦らない。」
ニーチェ(にやりと)
「ならば待とう。崩壊の瞬間を。」
あすか(苦笑しつつカメラに)
「というわけで、第一ラウンドはこのあたりで。
理想と現実、道徳と経済、そして“人間観”そのものがぶつかり合いました。
次回、感情の火薬庫が——いよいよ爆ぜるかも?」
(画面に “Round 2:財源と労働意欲のジレンマ” の予告文字が浮かぶ)
あすか(ささやくように)
「お楽しみに。」
(フェードアウト)