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食い違う世界

 これは、こことは違う世界の、今とは違う時代のお話。


 奴隷制度が一大産業として根強く残るこの時代、各商業地域では奴隷市場が定期的に開かれていた。ここで奴隷を売買するのである。


 さてこの度、とある豪商が奴隷市場にやってきた。事業を成功させ、一代で巨万の富を得たいわゆる『成金』で、由緒ある貴族や、自分のご先祖も同じ立場であった事実を知ってか知らずかの富豪たちには、見下される存在である。


 しかしながら、奴隷たちにはそんな立場の上下など関係ない。自分を買った御主人様とやらが、労働に対し正当な対価を支払うかどうか。理不尽な扱い方をしてこないかどうか。それが一番大事である。


 奴隷を品定めする豪商。見た目はスラリと長身にして美形、赤毛がかっている情熱的な髪とは対照的に、感情を映さない冷酷な眼をしている彼に見つめられた奴隷たちは、多かれ少なかれ恐怖を感じただろう。


 結局この日、豪商は三人の若い女奴隷を買っていった。二十代後半の『長女』、二十代前半の『次女』、十代後半の『三女』である。もちろん、本当の姉妹ではないが、便宜上そう呼ぶ。


 奴隷たちがまず驚いたのは、一人につき、決して狭くない居室が与えられたこと。そして、『労働は自室の清掃以外、基本的に存在しない』ことである。


 豪商邸内、及び敷地内での行動は自由。いつでも入浴が出来るし、食事も賃金も出る。申し出れば外出も可能だが、外泊だけは許可されていない。


「用事があるときに呼ぶので、それまでは自由に過ごすと良い」


 御主人様である豪商は、常にこう言う。訝しみながらも、言われたとおりに日々を過ごした彼女らが、一斉に『呼び出し』を受けたのは五日目の深夜であった。


 部屋に備え付けの『制服』を着用すること、との指示があったので着てみると、黒を基調としたメイド服のようなものだった。困惑しながらも三人は、指定の地下室へと向かう。


 雰囲気も重量も重苦しい大きな鉄の扉を開き中へ入ると、薄暗い照明に照らされた部屋の中心に、豪商はこちらを向いて立っていた。手には、拷問器具のようなものを持っている。


 薄暗さに慣れた眼で周囲をよく見ると、なんとその部屋は、拷問器具で埋め尽くされていた。床には赤いシミが散乱し、磔台や禍々しい椅子のようなものまで備え付けられている。


 三人は理解した。このために、私たちは買われてきたのだと。労働も何もなく、数日間を過ごしてきたのは、安らかな暮らしに慣れてきた私たちに、『絶望』を植え付けるためのものだったのだ。


 事実、彼女らの顔は恐怖に歪んでいた。だが、奴隷の身分に成り下がった時点で、こうなる運命だったのだという、諦めのような感情も覗かせている。


 長女がやっとの思いで、声を絞り出した。


「御主人様。このために、このようなことのために、私たちを買ってくださったのですか」

「そうだ」


 豪商は身じろぎひとつしない。


「わかりました。御主人様の、好きなようになさいませ」


 その言葉を聞いた豪商は、いくつかの拷問器具を手に取り、三人に近付く。身体がこわばる。喉が渇く。心臓の音が速く、強く鳴る。ここで、こんなところで、私たちは理不尽な暴力に晒され、死んでいくのだ。


 横並びの三人に近付く豪商。彼は三人に、それぞれ拷問器具を手渡し、定位置に戻り何やらゴソゴソしている。ポカンとする三人。


「あの、御主人様?」

「私めのことは豚とお呼びください、女王様」


 いつの間にか豪商は、顔にラバーのよくわからないマスクを付け、口にギャグボールを咥え、半裸になっていた。


「さぁ、女王様からお姫様、お嬢様の順番でこの豚を罵ってください。打ち据えてください。ぶひ、ぶひ」


 得体の知れないものを見る眼で、言われた通り渡された鞭を振るう長女。


「し、失礼いたします。こ、この豚ぁ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 先程までの恐怖が反動となったのか、ハイテンションで竹刀を叩きつける次女。


「ほらほら、こうかいこの豚。ぶーぶー鳴きな」

「幸せでございます! 幸せでございます!」


 初めて味わうこの地獄に、先程までとは別の恐怖を感じ、渡されたロウソクの存在など忘れて泣き出す三女。


「なんなの、なんなのこれ」

「放置プレーでございますか! ご褒美でございます! ご褒美でございます!」


 ひとしきり堪能した豪商は、スッキリとした顔で悠々と着替え、部屋の照明を明るくする。拷問器具に見えたものは全て偽物で、床にこびりついている赤いシミはロウソクの垂れた痕であった。


「これが君たちの仕事となる」

「い、今更そんな、きりっとされましても」

「頼むよぉ。仕事のストレスを忘れるには、これが一番なんだよぉ」

「すっかり素を出したね」


 そして、普段は御主人様、ときに豚になる豪商と、普段は奴隷、ときに女王様、お姫様、お嬢様になる三人の、奇妙な生活が始まったのであった。



 ちなみに、三人が「普通の仕事もさせろ」と反乱を起こすまでに、それほど日数はかからなかった。

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― 新着の感想 ―
 面白かったです。 「みんな、幸せに過ごしました。 おしまい」じゃないとこが好きです。 そういうのって「適性」がありますからね……。 ありがとうございました。
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