表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1話 忍者のための会員サイト、忍

初投稿、初作品です。コメント、評価、誤字報告など、していただけると嬉しいです。よろしくお願いします。


…忍者。それは日本人ならば、いや、日本人でなくても心踊らされる存在だ。あるときは映画の題材になったり、あるいは戦隊モノの題材になったり、また人々はそれが存在したかどうかにさえ一喜一憂してきた。


そして、かく言う自分も忍者に憧れ、忍者という存在に人生を振り回された、いや、現在進行形で振り回されている者の1人なのだ。





蒸し暑さがまだ消えない8月の終わりごろ、32歳小学校体育教師である島野(しまの) 信行(のぶゆき)はある悩みを抱えていた。


「…あー、どーしよ……」


そう呟きつつ、眺めるパソコンに映っているのは『忍者のための会員サイト、(シノビ)』などとそれらしく書かれている有料会員サイトであった。


「…やっぱ解約するかぁー」


そう俺が悩んでいるのはこの有料サイトの登録をするかどうかではなく、登録はしていて、解約するかどうかなのだ。


……まず登録費用として月に5万、それから物品の購入やら、情報の開示やらに2万ほど使ってしまう。合計で毎月7万の出費だ。


…俺だって馬鹿だと思ってる。そこらの一般教師の安月給では、貯金ができないどころか、毎日節約に節約を重ねて、なんとか食い繋いでいるレベルだ。俺だって早くこんな生活から抜け出したくてしょうがない。


が、その思いを上回るほどに、俺にとってこのサイトは魅力的なのだ。なにを隠そう、中学生まで本気で忍者を目指していた俺は、成人しても忍者への想いはとどまるところを知らず、暇さえあれば忍者モノの小説、映画、舞台、あるいは史料館を見に行ったり、忍者についてのネットサーフィンをしたりして忍者への妄想を膨らませてきた。



そんなある日、家のノートパソコンで仕事関係の名簿や授業内容の確認をしていると、突然、どのキーを押しても反応しなくなり、数秒後にはブラックアウトしてしまった。


仕事に関する諸々の全てが入っているため、もちろん相当焦ったが、そのまた数秒後には『山』という文字の下にここに答えを書き込め、と言わんばかりの空欄が表示された。はじめはすぐに消そうとしたが右上にも左上にもバツマークはない。


そこで、…ひょっとしてと思い、『川』と打つと、画面に映っていた『山』と『川』はフッと消えた。それは、なぜか定番の忍者の合言葉、であり、正直、忍者好きの俺をワクワクさせるには十分すぎる演出だった。


はじめあった焦りなんて微塵もなくなり、ここからなにが始まるのかという期待と、それに自分が応じられるかという不安の入り混じる気持ちで次の表示を待つ。…すると、ザザッという少しのノイズの後に音声が流れた。




-…決して知られず、かつ知りすぎず、忍び生き、忍び果ててこそ、汝の忍道である-




俺は妙に頭に響くこの声に聞き覚えがあった。同じく三重の忍者史料館で聴いた、骨格から再現されたという、かの超有名忍者、服部半蔵の声そのものなのだったのだ。


…もちろん俺の聞き違いかもしれないし、誰かのちょっと本格的なおふざけなのかもしれない。だが、俺はその音声の後に表示された会員登録ボタンを迷いなく押していた。


名前や住所、性別なんかも要求されることはなく、必要な費用は全て勝手に銀行から下ろされていたり、給料から引かれていたり…。住所も教えてないはずが、このサイトから頼んだ物品は、あるときは平然とポストに入っていたり、またあるときは職場に持っていったカバンに入っていたりした。


ちなみに、それらの物品というのは手裏剣がいくつかと今となっては当たり前に食べている忍者御用達の兵糧丸(ひょうろうがん)だ。手裏剣も実際に使えてしまうほどリアルで、また兵糧丸に関しては豆粒ほどの大きさで、驚くほどの満腹感があり、これ一粒で2、3日はなにも食べなくても問題がない。


これでホンモノの忍者でなけば、他のなにを信じられると言うのだろうか。俺はこのサイトを、まだどこかに実在している忍者たちが運営し、忍者たちが利用している文字通り忍者のためのサイトなのだと信じ切っている。


ところが、ひと月ほど前に、父が倒れた。幸い、入院費用は母さんがしばらくの間、払っていたが、流石に年金暮らしの母さんに任せっきりというわけにもいかず、かと言って、この有料サイト(シノビ)に圧迫され、生活費すら危うい俺に入院費用が払えるわけもなく、解約を悩んでいるということなのだ。





…そうして今に至るわけだが、正直なところ、今すぐに収入を上げる方法なんてないし、生活に関してはこれ以上切り詰められないところまで来ている。


つまり、(シノビ)を解約するしか道がないわけだが…。2年間利用してきた愛着と、ホンモノの忍者に繋がっていそうなほんの少しの希望から離れたくない、という思いから決断し切れずにいた。


「はぁー…するかぁー、解約ぅ…」


もうすぐ9月になってしまうためそろそろ解約しなければ自動的に会員費用である5万円が引き落とされてしまう。


また、大道芸クラブの顧問も勤めている俺は安月給な割になにかと忙しく、一人になれる時間も多くはない。解約するならまさに今しかないだろう。


…とは言ってもこのサイトに「解約」の文字はない。会員登録をしてからすぐに、このサイトの内容を隅から隅までじっくり見たが、解約の方法どころか、サイトの閉じ方すら載っておらず、このノートパソコンは、もはや(シノビ)専用のものとなっている。


このサイトにあるのは、好奇心をそそられる豊富な物品販売欄、それから『質問板』と書かれた、運営にさまざまな質問ができるスペースがある。


以前、これで『どうやったらこのサイトを閉じれますか?』と質問したところ、『25万』とだけ返ってきて、有料なのだと悟った。


25万もあれば新しいパソコンを買ったほうが安いため、そうしたが、初めの質問であるそれ以来、質問に対する返答の値段は教えてくれないらしく、自分で作れないかと、兵糧丸のレシピを聞いたら、淡々とレシピが送られてきて、後日、口座から当時の貯金のほぼ総額である50万ほどが引き落とされていた…。


ちなみにレシピの材料は普通に暮らしていては手に入らなそうなものが大部分を占めていて、また、教師であればどうやっても捻出することのできない時間を要するようで、作ることはできなかった。


…それはさておき、解約の方法だが、この質問板を利用して、どうすれば解約ができるか聞いてみるつもりだ。いくら費用がかかるかは未知数だが、これから先の人生でもずっと毎月多額を払っていくことを考えればきっと安い…と信じている。


「…えーっと、どうすれば会員登録の解約ができますか?っと。どうか出来るだけ安くありますように…そしてサヨナラ俺の忍道……」


これで2、3日もしないうちに返答とともに金が引き落とされるはずだが、その数秒後にはすぐに返信が来た。


「うぉっ、はっや、えーと、『我らに冗談は通じないぞ、首を洗って待っていろ』?」


短く端的なその文章には何か寒気を感じさせるものがあり、俺は何かはわからない何かから逃げなければならないという衝動に駆られた。


「…なんかやばいぞ、地雷踏んだっぽい…?」


これまでのこのサイトのスタンスからしてこれでなにも起きないとは思えない。


「海外とかにでも逃げるか?…いや、そんな金ねーし」


プルルルップルルルッ  唐突にポケットの携帯が鳴る。


「うぉっびっくりしたぁ。母さんか、もしもし?」


『もしもし、ノブユキ?お父さんの容態が急変したの、すぐに病院に来て!』


「…すぐ行く」


完全に予想外というか、想定していなかった。父さんは倒れたとは言え、容態は安定していたはずで、急を要するのはもう1、2年先だと思っていたんだが…。とにかく急いで外に出る支度をする。


持っていくものは携帯に、財布に、家と自転車の鍵くらい。ここから病院まではそう遠くないし、自転車で行くのだ。なにより例のサイトによる極貧で、免許は持ってるものの車は持っていなかった。


病院に向けて全力で自転車を漕ぐ。普段なら少し狭くて自転車では通らないような工事中のビルのすぐ横も近道のために急いで通り、大通りに出たときだった。




ガッシャアァンンン




大通りを直進していた自転車と衝突した。俺のママチャリのカゴにはなにも入っていなかったが、向こうの自転車のカゴには赤い花束が入っていたようで、それが地面にばら撒かれてしまう。


「…いって…あぁ!すみません、花束が…」


と言って地面にばら撒かれた花を拾い集めようとして鳥肌がたった。その花は全て血のように赤い彼岸花であった。


「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。もとよりあなたにあげる予定だったものなので」


相手の女性はにこやかにそう言った。


「それにしても驚いたなぁ。(シノビ)の離反者がいると聞いて()りにきたら、めっちゃ一般人じゃん、お父さんの容態はまだ安定してるから安心してよ。君の慌てようは面白かったけどね」


女性だと思われたその人は少年の声でそう言った。


「…は?…は、いや、え?…」


突然のことでうまく反応ができなかった。そいつは一瞬視界から消えたかと思うと、右手の先を少し血に濡らし、相変わらず俺の前に平然と立っていた。


「っと、念には念を入れんとな」


と今度はお爺さんの声。気づくと俺の両足首の腱がくっぱりと切れていた。


「…ああああああ、いっ…………」


「黙れよ、人が集まってきたら困るだろ?」


そいつは男の声でそう言うと、目で追えない速さで俺の喉を潰したようだった。


「それじゃ、じゃねっ」


もとの女の声に戻り姿を消した。


俺はなんとか足を引きずり、自転車の下へ向かおうとする、が、そこで上から金属の擦れるような大きな音が聞こえてくる。今日は曇っていて、時間帯も6時過ぎほどで、あまり視界がいいとは言えない状況だったが、真下にいた俺にははっきり見えた。工事中のビルから落下してくる5、6本の鉄骨が。


足の腱は切れていて、とても避けられそうにはなく、喉も潰れていて助けを呼べそうにもない。そのとき、俺の頭を支配していたのは、父さんが無事でよかったと言う安心ではなく、死への恐怖でもなく、忍者が実在した、という喜びと興奮であった。


そして、忍者に殺されるというシュチュエーションに若干の楽しさを感じつつ笑顔で仰向けに倒れ込む。視界の端では赤い彼岸花が揺れていた。






それから1秒もしないうちに、俺と自転車、そして彼岸花に鉄骨が降り注いだ。







兵糧丸(一粒/2500円)


一粒食べればたちまち腹の減りがおさまる。希少な材料やこだわり抜いた製法のため、普通のものの数十倍は腹もちが良く、味も良い。江戸の代から改良に改良を重ねた当サイト自慢の一品である。そのため、これをなんの情報もないままに再現するのはほぼ不可能に近い。仮に同じものを作ろうとしても手間と時間、それから材料費がだいぶかかるため、このサイトでの購入を勧める。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ