悪役令嬢ですがオールスターゲームへの招待状を受け取ってた~辛口な婚約者はすぐに見つかりましたがヒロインの姿が見当たりません~
死んだと思っていた私は気づいたらメアリー・スタークになっていた。
廊下にあった長鏡を見た時に完全ではないが、前世の記憶を思い出したのだ。
鏡に映っていた藍色の髪、毒々しい模様のフリルがついた紫色のドレス、狡そうな目つきはまさしく彼女自身だった。
(よりによって、何でメアリーになっちゃったのかな)
私はため息を吐く。
メアリーは私が前世でプレイした恋愛ゲームのサブキャラである。
彼女はそのゲーム『貴族学院~正直令嬢ミミアリーのアトリエ~』ではいわゆる悪役令嬢として実妹、そしてヒロインでもあるミミアリーを虐める役回りだった。
原作では平気で嘘をついたり、他人を騙したりするなどしていたためお世辞にもあまり良い役柄のキャラとは言えないのである。
(どうせ転生するならやっぱりヒロインのミミアリーか、その親友ポジションの令嬢達の誰かが良かったのに……)
そう思って廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「メアリー、お前こんな所にいたのか」
私に話しかけてきたのは金髪に赤い貴族服を着たご令息。
彼の名前はジェラルミン・ラインベルト、彼は原作ゲームでは最初に攻略されるチュートリアル的なキャラである。
「俺が用事のある時に限って君はいつもいなくなるな。居るべき時に居ないなんて、本当に俺の婚約者かどうか疑わしくなるよ」
「私が至らぬばかりに申し訳ありません、ジェラルミン殿下」
自分の非礼を侘びるように、私は形ばかりの挨拶を返した。
口は悪いがこれでも彼はこの国の第一王子であり、私の婚約者なのだ。
無下に扱う事はできない。
「まあまあ、婚約者なら君こそフォローしてあげるべきだと思うけどね僕は」
そう言って隣に居るジェラルミンを諌める黒い騎士、彼の名前はアフラム・ヘルマイヤー。
黒くて長い髪を後ろで結んでいる彼は一人だけ黒い鎧姿であり、少し世界観が浮いているようにも見える。
それもそのはずで、アフラムは元々は『アイスエンブレム』という他ゲームからのコラボキャラなのだ。
彼が出ている元のゲームは軍記物の戦略ゲームである。
恋愛ゲームの『貴族学院』とはまったく毛色の違うゲームではあるが、作ったゲームプロデューサーは同じ人であった。
そこで当時新作である『貴族学院』の箔を付ける事も兼ねて、『あの人気ゲームのキャラがまさかの入学!』という触れ込みで彼が攻略キャラとして実装されたのである。
(まさかあなたまで居るとは思わなかったわアフラム、これは楽しい学園生活を送れるかも)
私は彼までこの世界にいる事が分かって少し嬉しくなってしまった。
なにせ『アイスエンブレム』も前世でプレイ済みであり、クリア後の自由にキャラを育成できるシナリオでは彼のレベルを上限の999まで育て上げていたのだ。
その事を思い出して少し笑みが溢れてしまうが、頭をより深く下げて彼らからは見えないようにした。
「ふん、こいつは忘れっぽいからしつこく言わないとすぐにドジを踏むんだよ」
しかしアフラムの忠告にも耳をかさず、一向にジェラルミンは私への嫌みを止めようとしない。
「だが今はそんな事を言いに来たんじゃない。今度の催し物、相当大事な物だから絶対に遅れたりするんじゃないぞ」
言うだけ言ってジェラルミンは踵を返し、どこかへと去って行く。
こんなに性格悪いキャラだったっけ?と顔を上げた私は思ったが、そう言えばヒロインであるミミアリーには激甘なのにメアリーには辛辣だったことを思い出した。
(今は彼と私は婚約者の間柄だけど、彼がミミアリーと出会ったらすぐに私は婚約破棄されちゃうし)
このまま原作ゲーム通りにシナリオが進むのであれば、次に会った時の彼の開口一番は「メアリー、君との婚約を破棄する!そして代わりにこのミミアリーとの婚約を宣言する!」である。
しかもこれはチュートリアルイベントでもあるので防ぎようがなかった。
そしてこの事が原因でメアリーによる妹への嫌がらせが始まり、それがどんどんエスカレートして最後にメアリーは自業自得として自身の死亡フラグを迎えてしまうのだ。
「やれやれ、ジェラルミンは相変わらず君に冷たいな。あんなに酷いことを言われて大丈夫かいメアリー?」
ジェラルミンが廊下の角を曲がって見えなくなったのを確認した後に、アフラムが気遣いを入れてくれた。
「大丈夫ですよ、いつもの事ですから」
「僕の前で見栄を張る必要はないよ、本当はあんな婚約者にうんざりしてるんだろう?」
そう言うと彼は私の右肩に手を置く。
突然のスキンシップに思わずドキンとしてしまう。
「悲しいときは泣けば良い。僕が胸を貸してあげるよ」
甘い誘惑であるが、ここはそれを受けるわけには行かない。
彼の手を丁寧に自分の肩から外すと、私はアフラムの方を見た。
「すいません、アフラム様。私も用事がありますのでこれで失礼致します」
私は丁寧にカーテシーすると踵を返してその場を後にする。
そして足早に学院の外に出て、近くのベンチに腰を下ろすと私はこれからの事を考えた。
(あのまま一緒にいたら彼のペースにはまってしまう所だったわね、でも今はそれよりも……)
先に私のやるべき事は、このゲームのヒロインである妹のミミアリーを探す事だ。
何故ならば妹の行動如何によって私の命運も決まってくるからである。
妹の動向を把握するのは必須、私はベンチから腰をあげると妹を探すことにした。
だが、学院の中、庭園、カフェテリアとどこを探しても妹の姿が見当たらない。
「何でミミアリーいないのよ……それに親友ポジの令嬢達の姿も見えないわね」
ここまで探してもいないのは変であった。
それにミミアリーと私は双子で、容姿に関しては他のキャラと見間違えるはずがないのである。
「おや、また会ったねメアリー。誰かを探しているのかい?」
私が途方に暮れていると、また後ろから声をかけられた。
黒い鎧姿の騎士、アフラムである。
しかし今度は側にジェラルミンは居ないようであった。
私はアフラムに妹を探している事を伝える。
「散々探したのですが、どこにも妹の姿が見当たらないのです。私に『聖女の天啓』でもあればそれを使って妹をすぐに見つけられたんでしょうけど……あっ、これは忘れてください」
怪訝な顔をするアフラムに対して、私は片手を振ってごまかした。
『聖女の天啓』は『アイスエンブレム』に登場するスキルのことだ。
これを使えばあらゆるキャラの位置を立ち所に把握する事が出来るが、もちろん『貴族学院』にはそんなものはない。
「さっきの用事って妹さんを探しに行くってことだったのか、君を煩わせるなんて妹さんも困ったものだね」
そう言うとアフラムは少し考え込むような仕草をした。
この仕草は『アイスエンブレム』でよく見たポーズなので思わず見とれてしまう。
「ところで君も妹をそれだけ探し回って疲れたんじゃないか?そこのカフェテリアでお茶でもしようよ、僕がおごってあげるからさ」
「と、とんでもありません!私のような者とお茶などと……」
ハッと我に返った私は両手を振ってアフラムの申し出を断る。
まさかお茶に誘われるとは思ってもいなかった。
「どうして?それにここのカフェテリア前は人通りも多いし、妹さんも通るかもしれないじゃないか」
彼の言っている事は確かに闇雲に探すよりも理に適っている。
しかし、こんなにアフラムは他人思いの激甘キャラだったかなと私はふと考えてしまった。
「私、今度は学院の中を探そうと思ってたんです。もしかしたら入学の手続きで先生方と話しているのかも……あ、それに私には婚約者のジェラルミン殿下もいますし」
適当な理由を出して私は彼の提案を断る。
彼とお茶できないのは残念ではあった。
しかし、婚約者持ちの私が彼と一緒にお茶をしているのを見られたら何かしら死亡フラグにも繋がりかねない。
「僕よりもジェラルミンとの体裁を気にするのか、残念だな。まあ僕の方でも妹さんを見つけたら君に連絡するね」
アフラムはそう言って笑うと、庭園の方へと歩いて行ってしまった。
(やっぱり彼、私が思っていたアフラムと何か違うのよね)
原作ではほとんど笑わないキャラだったのに、この世界の原作キャラの再現度はどうも難があるようである。
(あ、でもアフラムが笑顔を浮かべる相手が一人だけいたわね。名前はフォーリンだったかしら)
『アイスエンブレム』でアフラムが心を許したキャラが一人だけおり、それがフォーリンだ。
アフラムはこのゲームの主人公の姉であるフォーリンと婚約を結んでいたが、結婚式の直前に魔族の手にかかり彼は洗脳されてしまう。
そして式典の最中にフォーリンを自らの手にかけてしまい、これが主人公との確執になったのだ。
この後何度も彼と主人公は戦うが、ついに最後の戦いでアフラムはラスボスの怪物と化して主人公との決着に挑むのである。
(もしかして私をフォーリンと勘違いしてるとか?)
フォーリンの容姿というかキャラデザはメアリーと同じイラストデザイナーの人が担当した事もあり、二人は似ているのである。
それはそれとして妹の捜索を再開しようとすると、向こう側の方でモブ令嬢二人が指を指して何かを見つめていた。
「見て、ヒカニャーよ!」
「可愛い~、こっち向いて!」
私も彼女達が見ていた方を見ると、黄色い真ん丸とした猫が悠々とレンガの塀の上を歩いている。
「え、何で本物のヒカニャーがいるの!?」
その猫を見て私は驚いた。
ヒカニャーも『貴族学院シリーズ』、『アイスエンブレム』とは同じ制作会社のゲームのキャラである。
確かにそのシルエット付きのソーサーやコースターなどのアイテムがゲーム中には存在していた。
だが、一応中世の貴族学校をイメージしているこのゲームに本物のモンスターが出てくる要素など一つもなかったはずである。
(ヒカニャーは『エバーモンスター』ってモンスター育成RPGに出てくるモンスターだったけ?それにこの世界ってもしかして……)
私が呆気に取られていると、またジェラルミンがどこからか現れた。
いつも通り怒った顔を浮かべている。
もしや既に彼はミミアリーと会っており、私に婚約破棄を宣告しに来たのかもしれない。
そう思って身構えてしまったが、彼から告げられたのは思いもしない言葉だった。
「こんな所にいたのかメアリー!次の催し物であるレースには絶対に遅れないようにと言ったじゃないか、君もレースの招待状は貰っているだろう。早くスタート地点に行くぞ!」
そして私の手を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。
彼に手を引かれている間に私はこれは恋愛ゲーム『貴族学院』じゃない、その同社のオールスターレースゲームである『大乱戦スマッシュビクトリーズ』だと直感したのであった。
―――
『大乱戦スマッシュビクトリーズ』は通称『スマビク』と呼ばれ同社の人気キャラを一同に集めたゲームである。ジャンルは多人数対戦型バトルロワイヤルパーティーレースとかそんな長い名前だったと思う。
そしてこのゲームのルールは単純で、100体がゴールにある1つの優勝カップを目指して徒競走を行うというもの。
カップに最初にタッチした人、というかキャラは1つだけ何でも願いを叶える事が出来るというお約束もあった。
「いや、だからと言って何で私が手編みレースのドレス姿でレースを走らないといけないの!?」
いつの間にか私はスタートラインに並ばされていたが私も同社のキャラの一体である以上、強制的に参加させられてしまう仕様のようである。
他に並んでいるキャラ達を見てみると、明らかに人じゃないものの方が多い。
「位置について……よーーい、ドン!」
そして天の声を合図に皆が一斉にスタートした。
多種多様なゲームキャラ達が空を飛んだり、中にはバイクや車などの乗り物に乗って次々と飛ばしていく。
デコトラがいきなり人型ロボットに変形してガシン!ガシン!と駆け出した時には口をポカンと開けてしまった。
「いや、整備された直線なんだからトラックの姿で走りなさいよ!って私も他人の事を気にしてられないわね」
周りは規格外の超人ばかり、そんな中を私はドレス姿に自分の二本足でただひたすらに走っていたからである。
そもそも私は原作が恋愛ゲームで、レースゲームでもアクションでもないからかなり不利なのだ。
「やっぱり無理ゲー!そもそも走るなんて私の領分ではないし!」
悪態をついて私が立ち止まると、ヒカニャーがねずみ花火よろしく火花を散らしながら頭上を通り過ぎていった。
あれは似てはいるが、ヒバナチュウという別モンスターの技だったはずだ。
この世界を作ったスタッフはちゃんと原作考証もしないのかと思ったが、今は走り疲れてそれどころではない。
力尽きた私は仰向けにレース上に寝転んだ。
「もう駄目……結局死亡フラグを回避できなかったわね」
その時、誰かが私を叱責する声が聞こえてきた。
栗毛の馬に乗った王子がこちらに近づいてくる。
「おいおい、何してるんだよお前は!コース上で寝るな!」
王子はジェラルミンだった。
彼は馬から降りると私を助け起こす。
「あ、ありがとうございます……ジェラルミン殿下」
礼を言った私の隣を、デコトラがクラッションを鳴らしながら猛スピードで通りすぎて行った。
あのまま寝ていたら私はトラックに牽かれてしまっていただろう。
「ふん、そんなことよりお前も信頼できる俊馬がいただろう。早くあいつを呼んでやれよ」
彼は一言私に助言すると、また馬に跨り行ってしまった。
そう言えばそんな馬がいた事を私は思い出す。
思い立って私が口笛を吹くと、どこからか白馬が駆けつけてきてくれた。
「ザインだっけ、まさかこんな所まで来てくれるなんて主人思いだったのねあなた」
私が名前を呼ぶと、それに答えるようにザインは嬉しそうに嘶いた。
この子は原作にあるミニゲームの乗馬レースで私が乗っている馬だ。
そのミニゲームでは最後のレースで競う言わばラスボス扱いの馬なので、足が早いのはお墨付きであったことを思い出す。
「さあ、ザイン行くわよ!」
私はザインに跨ると「ハイヤー!」と掛け声を入れ、またレースに戻った。
かなりスピードが出るように設定されているらしく、ザインの俊足は先程私を追い越していったデコトラにヒカニャー、多くの他キャラを次々と抜き返していく。
そしてコーナーに差し掛かった時、前方に何やらあるものを見つけた。
よく見ると見覚えのある服を着た人物が不貞腐れている様に地べたに座り込んでいる。
「あれはジェラルミン?」
私はジェラルミンの横にザインを立ち止まさせると、馬から降りて彼に駆け寄った。
「先程の言葉をそのまま返しますけど、あなたそんな所で何してるの?」
「見れば分かるだろう。コーナーを曲がろうとしたらまた落馬して、しかも今回は馬に置いていかれたんだよ……」
ジェラルミンが悪態を吐きながら言う。
そう言えば彼はかなりの運動音痴設定で、乗馬レースではコーナーを曲がろうとすると必ず落馬するように設定されてしまっていたのだっけ。
「仕方ありませんね、ザインの後ろに早く乗って下さい」
私はジェラルミンを助け起こすと、ザインの後ろに乗せるように急かした。
だが彼は中々ザインに乗ろうとしない。
「情けなんて受けないぞ、どうせ君もこんな緩いカーブですら録に曲がれない俺を馬鹿にしてるんだろ!」
そう言うと彼はそっぽを向いてしまった。
中々のへそ曲がりめ、とは思っていても私には彼を馬鹿にする気持ちは無い。
彼がコーナーを曲がれないのは原作設定を忠実に再現した仕様のせいで、彼自身の落ち度ではないのだから。
「婚約者を置いてはいけませんよ、それに早く乗らないとザインがあなたを噛むと言っています」
私に答えるようにザインが嘶いたので、それは御免とジェラルミンは渋々ザインの背中に乗った。
再び私もザインに乗り直してレースを再開する。
しばらく駆けていると、ようやくゴール地点が見える所まで来た。
「お、おい何だよあれ、あんなのが居るなんて俺は聞いてないぞ!?」
ジェラルミンが叫ぶのも無理はない。
前方を見るとゴールを表すカップの前で巨大な怪物が道を塞いでいたのだ。
その怪物が大きな腕を振り上げて他のキャラ達をコースアウトさせていた。
この『スマビク』は一応レースゲームではあるのだが、バトルロワイヤルらしく他のキャラを蹴落とすのもありなのである。
「あの怪物の下を一気に駆け抜けます、私は乗馬に専念するので殿下はカップをお願いします」
私はジェラルミンに作戦を伝えた。
「その作戦だと俺がカップを手にすることになるぞ?叶えられる願いは一つだけ、俺の願いは……」
「ジェラルミン殿下の望む願いを叶えて下さい。あの怪物よりもマシな願いでしょうし」
ジェラルミンが「何であれと比べるんだよ?」と言ってきたが、これ以上時間をかけるわけにもいかない。
一気にザインをギャロップで走らせると、怪物もこちらの存在に気づいたようである。
「このカップは誰にも渡さぬぞ、万能の望みなど誰にも叶えさせるものか!」
そう言った怪物は、今にも私達に大きな腕を振り下ろそうとしていた。
「いいえ、必ず渡してもらうわ。アフラム!」
私が挑発するように言うと、アフラムは嘲るような笑みを浮かべる。
「やはり君には僕だと分かったようだね。だけど、この姿の僕を倒すことはできまい!」
アフラムの目を真っ正面から睨み付けると、更に私は言ってやった。
「フォーリンのためにも通してもらうんだから!ザイン!!」
私はザインの腹を蹴り、一気に加速させる。
「フォーリンだと!?と言うことは君はやはり……」
やはりフォーリンの名前を出したことで、怪物姿のアフラムは動揺を見せた。
これはチャンスだ。
私達はまるで風を切る様に怪物の脇をすり抜け、カップへの距離を一気に詰めた。
「デカイ図体が仇になったな、あばよアフラム!」
「このまま進みますので、殿下は作戦通りカップをお願いします」
割とあっさりと通り抜けた後、軽口を叩くジェラルミンに対して私は気を引き締めるように言う。
そもそも怪物を正面から倒す気なんて最初から無かった。
このレースの勝敗はカップを手に出来るかどうかなのだ。
しかしもうすぐカップに手が届くという所で、私は後ろに何か禍々しい気配を感じ取る。
「待て、カップは僕のものだ!」
後ろを振り返ると、いつの間にか変身を解いて黒馬に乗ったアフラムがすぐ後ろにまで迫っていた。
彼の手には長い槍が握られている。
「お前達はこの槍で串刺しにしてくやる!」
私達と黒馬の距離がどんどん縮まっていく。
このままでは私もジェラルミンもあの槍の餌食にされてしまう。
「メアリー、君は必ずカップを取れよ」
ジェラルミンは私にそう言うと、槍が繰り出される前にアフラムの方へと飛びかかった。
向こうに乗り移ったジェラルミンがアフラムの槍を掴む。
「何してるのジェラルミン!?」
私は叫んだが、既にこちらからはどうすることもできない。
「この馬も禄に乗れない落ちこぼれ王子が!僕から離れろ!」
「只で落ちるかよ!お前も道連れだアフラム!」
アフラムが何とかジェラルミンを振りほどこうとするが、ジェラルミンも負けてはいない。
そして馬上で争う二人を乗せたまま、彼らは馬ごとコース外へと落ちていった。
「ジェラルミン!」
落ちていくジェラルミンに手を差し伸べようと、私は思わず手綱を放す。
それにザインが驚いたのか、後ろ足で立ち上がってしまった。
体勢を崩した私はザインから落馬する。
派手に地面に叩きつけられてしまったが、私はよろめきながらも何とか立ち上がった。
「うう……これは優勝カップ?」
いつの間にか私の目の前に光り輝くカップが浮かんでいる。
手を伸ばそうとすると、後ろから懇願するような声が聞こえてきた。
「待て、君はカップに何を願う?ジェラルミンの命か?彼なんて生き返らせた所で君に益はないだろう」
アフラムだ。
綺麗に整えられていた長い髪も今や乱れてしまっている。
ジェラルミンと一緒にコース外へと落ちたと思っていたが、彼は何とか踏み留まっていたのであった。
「あいつなんかより僕を選んでくれ。僕はずっと君を気にかけてたじゃないか、僕を選んでくれてもいいはずだ」
アフラムは両腕を使って、這うようにこちらへ近づいてくる。
「それに君はフォーリンなんだろう?生まれ変わって僕の前に現れてくれたんだよね?」
「残念だけど私はフォーリンじゃなくてメアリーなの、それに私の婚約者はジェラルミンで貴方じゃないわ。ザイン、彼を私から遠ざけて」
ザインが嘶くと口でアフラムの鎧を咥え、私から引き剥がす。
それに抵抗する力は彼には残っていないようで、ジリジリと引きずられていった。
「待ってくれフォーリン!僕の話を聞いてくれ!」
「じゃあ私から聞くけど、あなたはこのカップに何を願うの?」
私が尋ねると、彼は口角を吊り上げる。
「もちろん決まっている!まず僕の復讐の達成、次に僕の復讐を邪魔する奴らへの制裁、そしてそれらを生んだこの世界全てを破滅させることだ!」
彼の独白を私は白けた目で見ていた。
私が彼に感じていた違和感を証明してくれたのには、逆に感謝すべきことなのかもしれない。
「やっぱり、あなたは私が好きだったアフラムとは違うみたいね」
私が合図すると、またザインがアフラムをコース外へと引きずっていく。
最後のあがきと彼はもがくが、ザインには焼け石に水であった。
「何であんな奴を選ぶんだフォーリン!あいつが君にしてきた事を忘れたのか!」
「ジェラルミンはね、私以外の他人の悪口は絶対に言わなかった。ましてや貴方みたいに世界の破滅なんて願わないからよ」
まだ彼は何か喚いているが、もう彼の口から彼が言わないような言葉を聞きたくはない。
「さようならアフラム」
それを最後の合図として、ザインが後ろ足で彼を蹴落とす。
「フオオオオォォォォーーー!!!!」
黒き騎士アフラムは怨嗟の声をあげながら下に落ちていった。
私は彼の最期を見届けた後、ポツリと呟く。
「何をどう解釈したらアフラムがこんなただの復讐鬼みたいなキャラになるのよ……この世界の制作スタッフを恨むわ……」
『アイスエンブレム』の最後で彼は自分が犯してきた罪を悔い、それを精算する事も含めて自らの身を果てたのである。
この原作後のアフラムであれば、世界を滅ぼすなんて絶対に言わない。
「さて、あなたには私の願いを叶えてもらうわよ」
地面に転がっていた優勝カップを私は両手で掲げると、天に向かって望みを訴えた。
「どんな望みも叶えてくれるカップよ!私はこのレースが、未来永劫に開催されることを望むわ!」
言い終わるやいなや、カップが光を放ち始める。
そして手にしているカップの表面に『1』の文字が刻まれると、カップは透き通る様に消えていくのだった。
―――
私が眼を開けると、いつの間にか私達の原作ゲーム『貴族学院~正直者ミミアリーのアトリエ~』に出てくる学院内の庭園に場所が移り変わっていた。
周りを見ていると、さっきのレースに参加していたキャラ達が全員揃っている。
中にはもちろんアフラムもいた。彼も他のキャラと同じく状況が分からないようで辺りを見渡していた。
これが私の望みだ。
前世で『貴族学院』のアフラムルートをプレイし終わった後の私の感想は「あれ?」だった。
確かにアフラムと苦難を乗り越えてゴールするのは綺麗に纏まっており良かったのだが、私は別にアフラムを手に入れたい訳じゃなかったのだと感じた。
つまるところ私は在りし日のフォーリン×アフラムのカップリングが好きで、悲劇の二人が幸せになっている姿が本当は見たかったのだ。
そしてこのオールスターゲームの次回作である『スマビク2』では主人公である勇者を差し置いてフォーリンが参戦する。
彼らは原作の結末から転生したという設定でお互いがどんな最期を迎えたかを知っているため、最初は白々しいが徐々に打ち解けていくのだ。
二人には今度こそこの世界で幸せになって欲しい。
そう思いつつ私が黄昏ていると、ジェラルミンが近づいてきた。
「なんだ、てっきり君は俺と無事に結婚する事を望むんだと思っていたよ」
いつもの憎まれ口を叩く彼、やはり落ちた時の傷などは無いようである。
「そんな願いなんて、卑しい魅了と同じじゃないの。それとも殿下はそういう偽りの真実の愛が望みだったのですか?」
私が率直に言うと、ジェラルミンは顔を真っ赤にして怒ってきた。
「そんな事を俺が願うはず無いだろ!俺の願いは……もちろん君と同じだ!」
焦る彼の様子に私は思わず笑ってしまう。
そして私が笑ったのを見て、彼はますます顔を赤くさせ……まあこれは予想通りの反応だった。
ヒロインであるミミアリーがいない世界で、ジェラルミンが私にベタ惚れなのは既に知っているのである。
何せ原作ゲームでもせっかく彼はミミアリーと婚約したのに、その後も私の名前を事あるごとに呼ぶことでユーザーから不評を買ったキャラなのだ。
酷い時には私が死亡した後でもミミアリーをメアリーと間違えて呼ぶのである。
「流石にこれは誤植なのではないか」
「メアリーの亡霊に取り憑かれている」
などなど、ユーザーからは様々な考察が上がる程であった。
「ふふ、それじゃ向こうのカフェテリアで同じ飲み物を頼みましょう。レース後で喉が渇いちゃいました」
全ての記憶を思い出した今なら分かる。
そもそも私は本来、このゲームに参戦する予定のキャラでは無かったのだ。
『貴族学院』からの参戦キャラはもちろん主人公であるミミアリーの予定、だが彼女は主人公の分身アバターという設定なのでキャラデザが存在しなかったのである。
姉の私のキャラデザはあったので、それを元にミミアリーとして公開したらこれが大不評。
そして私は没になったミミアリーのモデルをそのままお蔵入りにするのが惜しくなったスタッフにより、メアリーとして手直しされデータの隅に急遽追加されたという訳である。
隠しキャラである私を出現させるにはチートを使うしか無い。
本来は居るべきはずでない所に居るキャラ、それが私であった。
「君にしては気が利くじゃないか、おごってはやらないけどな!」
ジェラルミンが一言多い文句をたれつつも、カフェテリアへと歩いている私の横に並んだ。
彼の不手際など何度でも許すつもりである。
バグの様な存在である私に比べれば、そんな事は些細なことなのだから。
それに私は悪役令嬢メアリー、この世界のイレギュラーヒロインなのだ。
お読みいただきありがとうございました
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