プロローグ この写真をばら撒かれたくなかったら
僕は何となしに屋上から下校する生徒の姿を見降ろしていた。
自分の身長よりも高い柵に手をひっかけ梅雨入り前の少し湿った風を全身で浴びていると、「ギィ」と音を立てて扉が開かれる。
「......梨彗君。話っていうのは?」
おずおずと姿を現した暁さんは不安そうな顔つきで僕の顔を見つめていた。
いつも笑顔でクラスの人気者である彼女の顔をここまで沈めさせた人間は僕が初めてなのではないだろうか。
「私の弱みを握って人気のない屋上にまで呼んで。そっその、えっちぃ......ことでもするつもりなんですか!?」
今にも消え入りそうな声で、仄かに顔を赤らめた暁さんが声を荒げた。
純情を体現したかのような彼女にこんなことを言わせたんだ。僕は明日クラスの皆に串刺しにされるかもしれない。
だけど彼女は一つ勘違いしている。
勘違いを正そうと声を掛けようとするが彼女の熱は下がることを知らなかった。
「この写真をばら撒かれたくなかったらなんて私を脅すつもりだったんでしょうけど、させません! これを見てください!」
そう言ってポケットから取り出した携帯を僕に見せてきた。
けれど携帯の画面は距離が離れていてよく見えない。変に刺激しないようにそろりと近づくと彼女もまた一歩後ずさった。
「「……」」
ジリジリと進んでいくと暁さんは後ろに逃げ場がないことを知り、僕をキッと睨んだ。僕はと言うと映し出された画面を見て……頬をツーっと冷や汗が伝っていた。
「梨彗君。貴方が私に対してえ、えっち......な要求をしようとしていたのは把握済みです! 親友の舞花にも相談して確証は得ています!」
僕は慌てて彼女の誤解と広まりつつある僕の悪行を阻止すべく説得を試みるが、
「いいですか梨彗君! この写真をばら撒かれたくなかったら、貴方がもつ私の写真を誰にも見せずにお墓まで持っていってください! さもなくば私はこの写真をクラスの皆にバラまきます! 嘘じゃありません。ではこれで!」
そう言い残して彼女は走り去っていった。
無様にも手を伸ばした状態でその場に固まる俺は、乱暴に閉ざされたドアの音で意識を取り戻す。
全身にいき渡っていた力が割れた風船の様に一気に脱力し、絶望感を噛みしめながらその場に座り込む。
視界に映るのは照れながらも告白を承諾してくれる暁さんの姿や、困り顔をくしゃりと崩して友達としか見れないと笑う暁さんの姿なんかではなかった。僕と暁さんとの間を拒むように立ちはだかる鉄の扉がただ一つ。
「この写真をばら撒かれたくなかったら......か」
十五年生きてきて初めて落ちた恋とその告白の結果は、今まで見てきたどんなラブコメよりも無様に散ってしまった。
本当はこんなつもりじゃなかった。
そう自分に言い聞かせても過ぎてしまったものは仕方がなかった。
僕はポケットに忍ばせていたラブレターをくしゃりと握りつぶし、屋上への階段を、まるで人生の階段を駆け下るかのような沈んだ気持ちで下っていくのだった。
この写真をばら撒かれたくなかったら
を読んでくださりありがとうございます。2日に1回のペースであげる予定ですので良ければご覧下さい。