恋愛相談部としての宿命
「お、分かるかぁ?」
若干にやけ顔の智也が、少し驚いた様子で俺のことを見る。
「なんとなく、だけどな。お前の笑顔が気持ち悪いのはいつものことだが、今日は輪をかけて気持ち悪いんだよなぁ。すぐ分かった」
「ひでぇな、おい」
智也が不服そうに眉をひそめている。いやでも今日のこいつなんか変なんだよね。いつものイケメンスマイルどこ行ったんだって感じ。言っておくけど智也、今のお前オタクスマイルみたいになってるからね?
なんかいいことでもあったのかと問うと、智也は少し考えるような仕草をしてから口を開いた。
「……ちょっと、恥ずかしい話だから言いにくいんだが」
「はぁ。何言ってんだお前。既に恥の多い生涯送ってるじゃねえか。いまさらだな」
「え、人間失格なの俺?」
いや、そこまでは言ってないけど。
智也がジトーっともの言いたげな目で俺に訴える。……ああ悪い悪い。俺の冗談に智也がいちいち突っ込んでいては話が進まないよな。なのでしばらく黙ることにした。
ごほん、と智也は咳ばらいを挟み、改めて話を始める。
「――最近、美咲といい感じなんだよ」
「……ぐぇ」
あ、そういう話ですか。
まさかの惚気であった。一瞬で聞く気が失せた。
「俺が美咲に勘違いさせちまった話、あっただろ? あれ以来仲直りしたとはいえ、微妙にぎこちなくてさ……。美咲は一応許してくれた様子だったけど、まだ完全にはって感じだったし。でも最近になって、ようやく良い関係に戻ってきたんだよな」
「へぇ……そうですかぁ」
超どうでもいい話である。いや、惚気とかマジ勘弁。あまりにも聞く気が無くてつい鼻をほじってしまう。――うわっ。すげぇ。めちゃくちゃデカい鼻くそが取れた……。マジでデカい。今月で一番のサイズだ。どうしよう。記念撮影でもするか?
「あれって、陽斗が美咲に何か言ってくれたんだろ?」
「智也に付け……え? 今なんて?」
やべえ。聞いてなかった。
「いやだから。陽斗が美咲に俺との関係を改善してくれるような何かを言ってくれたんだろ?」
「……え? べ、別に、そ、そんなことはなかったんだからねっ!」
とかツンデレっぽく言ってみた。いやぁ、我ながら気持ち悪いなぁ。思ったより高い声出せるんだなぁとか死ぬほどどうでもいい知識が増えた。
もちろん智也はため息をついて呆れるばかりだ。
「嘘つけ。聞いたんだよ……。お前にいろいろ話を聞いたって、美咲からな」
「なんだよ、バレてんのか」
渾身の演技も意味は為さなかった。まあ隠す意味なんてないし、そもそも演技になっていなかったのだが……。でもアレだ。あくまでもこいつは春日井の彼氏。俺と春日井が二人きりで会っていたなんていう状況を、べらべらと喋るわけにもいくまい。
それにそんな出来事すっかり忘れていた。そういえば春日井さんと会ったね……。あの獲物を捕らえる寸前かのような眼光は未だに恐ろしいと感じる。怖くてチビっちゃうレベル。
そんなことを思っていると、やけに真面目そうな顔で智也が一言。
「ありがとな」
「は……はぁ?」
思いもよらぬ言葉に、戸惑ったような声が漏れてしまった。
「なんでお前から感謝されるんだよ。俺は何もしてないぞ……?」
そうだ。俺は何もしていない。
春日井からのあの相談……。俺は何も解決策を提示していないのだ。そのままでいいんだと、春日井に一言呟いただけのことだ。褒められるようなことは何もしていないし、こいつから感謝の言葉を受ける理由もなかった。
けれど、智也はいつもの笑顔で俺の肩を小突いて言うのだ。
「何言ってんだ。めちゃくちゃ助かったよ。ほんとに……ありがとな」
「…………」
本当に、こいつは……。
よくもまあ友達に向かって、そんなこっ恥ずかしいセリフを吐けるもんだ。聞いているこっちの方が恥ずかしくなってしまう。何だよちくしょう。ちょっと照れくさいじゃねえか。頬は赤く染まり、俺たちは見つめ合い――って。あれ? やっぱりこいつがメインヒロイン?
思わず視線を逸らすと、智也はまた子供みたいにケラケラと笑って見せた。
大里智也という人物はこんなやつなんだと、改めて思わざるを得ない。
「……ごほん。そういえば、犬山と小牧の話なんだが」
仕方がない。話題を変えよう。……別に恥ずかしくなったから話題を変えたわけではない。……い、いや、ほんとだよ?(大嘘)
「どうした?」
「智也お前、犬山と小牧の両方から相談を受けてただろ」
俺がそう言った瞬間、智也は驚いたように目を見開いた。
が、すぐにいつもの顔に戻る。
ちなみにこれはただの確認だ。出されてもいない問題の答え合わせとでも言うべきか。
「俺たち恋愛相談部が動き出す前の話だ。お前は犬山と小牧の二人から相談を受けて、その相談を扱いきれなくて恋愛相談部に委託した。違うか?」
やけにすました顔で、智也は俺のことを見ていた。
「……なんだ。気付いてたのか」
「いいや、気付いたのはつい最近だ。いやまったく……、お前のせいで今日寝不足なんだぞ」
「どういう、因果関係だ……?」
智也は頭の上でクエスチョンマークを浮かべる。そんな姿を見て、俺はわざとらしく肩を落としてみせた。
「お前が二人の相談を恋愛相談部に丸投げしてくれたせいで、どれだけ大変だったか……」
「あぁ、そういうことか。……いや、その件については悪いと思ってる。すまなかった」
頭を下げる智也。
こいつの謝罪なんて別にもらっても嬉しくはないが、ここは紳士らしく黙って受け取っておこう。こいつもこいつで悩んだ末、二人に恋愛相談部を紹介するという選択肢を選んだのだから。
「二人が全く違う相談を持ち掛けてきたときは俺も驚いたよ……。どうすればいいか分かんなくなっちまって、結局陽斗たちに押し付けちまった」
「まぁ、妥当なところだろ。そういうどうしようもない相談の行く末が、あの部活なんだからな」
「……そう言ってくれると、俺も助かるよ」
智也は頬を掻きながら小さく笑うと、ふと思い出したように俺に問うた。
「――それで、二人の様子は?」
「ああ、今日が山場だな。犬山のやつ、小牧に振られたらしい。つい昨日のことだが……」
「そう、なのか……」
「別にお前が気に病むことじゃない。俺たちにはどうしようもなかったんだ。だから、できることはこれからあるんだと、そう思ってる」
「……できること?」
そうだ。できることはある。
小牧の別れ話を止めることはできなかった。でも、それを悔いていても仕方のないことだ。
俺たちにできることは何があるのか……今はそれだけを考えて、考え付いたことを実行する他ない。犬山も、もちろん小牧も、二人が納得のいく形でこの恋物語に蹴りをつけなければ、恋愛相談部としての宿命が果たされないことになる。
「できることってなんだ? 何か作戦でもあるのか?」
「いや、作戦はないな。ついでに言うと策もない。あるのは希望的観測だけだ」
我ながら頼りなくて情けない台詞だった。恋愛相談部として果たして如何なものか自分でも分からなくなってしまう。智也には呆れられるだろうなと思い、彼の方を見ると、なんだか俯いて肩を震わせていた。
「……なんだよ」
「くっ……くくっ、くっ、いいやぁ、ひどいキューピッドがいたもんだ、と思ってさ」
ついには耐えきれず吹き出すように笑う智也。おおっと……? この反応は予想外だった。何がそんなにおかしいのだろうか……。
「うるせえよ。はやく席に戻れ」
――ひどいキューピッド、ねぇ。
別に俺は恋のキューピッドになった覚えはない。ただの奇妙な部活動の一員である。
恋愛相談部なんていう、まったくもって意味不明で奇怪でヘンテコな部活動の、ただの一員だ。
だが、そんな怪しげな恋愛相談部にも、為すべきことはあるらしい。
俺たちはキューピッドじゃなくて――恋愛相談部。
あの場所を訪れる恋の悩みを抱えた誰かに、少しでも力になれるように。
そのために、できることがある限り。
俺たちは向き合っていかなければならないのだ。
乾坤一擲――犬山と小牧の対峙は、終業式の後になるだろう。




