たった一つの冴えないやりかた
こんな状況をいつまでも続けていくわけにはいかない。それだけは確かだ。
犬山も、小牧も、きっとこんな状況は望んでいない。
ふと、遥香の話を思い出した。
――元に、戻りたい。
何ともまぁ、便利な言葉だ。
小牧も同じような理由で、犬山に別れを告げたのだという。
壊れてしまうくらいなら元に戻ればいい。元に戻ればきっとやり直せる。壊れる心配もなくなる……そう思っての言葉なのだろう。
だが、そんな都合のいい様に、この世界はできていないのだ。
戻ることは簡単だ。楽だし手っ取り早い。
向き合う必要も無ければ、過去の思い出とぬるま湯に浸って安心と安寧を与えてくれる。
すべてが元に戻ってしまえば、課題も困難も問題も。
誰かとの関係でさえも、すべて無かったことにできるのだから。
――でも、恋愛においてそんなことはあり得ない。
元になんて戻らない。一度決まった関係性を消し去ることなんてできない。ずっと変わらないし、ずっと残り続ける。好意を自覚したその瞬間から、相手の見え方は一生にわたって変わり続ける。
絶対に、絶対に。元になんて戻らない。
戻るはずがないのだ。
そんな当たり前で、とても簡単なことさえ、分からない人は多くて。
いや、分かっていても知らないふりをすることがほとんどで。
そんな状況を目の前にしていたら、どこか腹が立つことも止められなくて。
だから、俺たちにできることは――
「犬山。お前が望むなら、小牧と復縁すべきだ」
「……えっ?」
不意を突かれたような声。歩み寄って犬山の方をまっすぐと見る。
「どうなんだ。ヨリを戻したいのか戻したくないのか」
「そ、そりゃ、戻したいけど……。何か策でもあるのかよ?」
戸惑っている様子の犬山。その声は震えていながらもわずかに上ずっている。さてはこいつ……。俺がこの状況を改善へと導く、画期的で素晴らしいアイデアなんかを思いついたとでも思ってるのか? 恋愛マスターさっすが! とか思ってそうな顔だ。なんだこいつ。なんかちょっと腹立つな。……ちなみにそんな画期的なアイデアはない。
「策ってほどのもんはねえけど……。まあそれはいいとして、お前に一個だけ質問だ」
「質問?」
そう、質問だ。
俺は息を短く吐くと、犬山の方を見据えて口を開く。
それは俺の考えを実行に移す上で、最も重要となることだ。
「お前は『どれくらい』小牧のことが好きだ?」
「…………え」
シンプルな質問である。まさか意味が分からないわけでもあるまい。
だが、問われた犬山は口をぽかんと開けてしばらく黙っていたままだった。
「……は? なんでそんなこと――」
「いいから答えろ。ぶん殴るぞ」
「なんで!?」
いや、別に殴らねえけど……。とにかく早く答えろって話だ。俺だってこんな恥ずかしいこと聞きたくて聞いてるわけじゃない。
必要なことだから、聞いているのだ。この問いの答え如何では犬山と小牧の復縁は絶望的になる。
全ては犬山次第なのだ。他でもない、こいつ次第。
当事者たる、犬山だけがこの状況を打破できる。すべてはこいつにかかっているのだ。それを犬山は分かっているだろうか。まあ分かっていなくても分からせるまでだが……。つーかまだ返事無いのかよ。いいからさっさと答えろ。いつまでも口空けてんじゃねえよ、やっぱりぶん殴るぞ?
「そ、そうだな……俺は――」
ようやく紡がれた声。
時間たっぷりかけて犬山は、遂に自分の思いを声に乗せていく。
「陽菜が好きだ。大好きだよ……。めちゃくちゃ、好きだ。…………こ、これで、いいか?」
「いいやダメだ。――そんな程度の『恋レベル』じゃヨリを戻すなんて夢のまた夢だ! ほらもう一回っ!」
「…………っ! す、好きだっ! 愛してるんだ陽菜をっ!」
「まだまだぁぁぁっ!」
「好きだぁぁぁっ!」
「――何やってるんだろ……、柳津くんたち……」
「だいたい『恋レベル』って何よ」
なんだか冷めた視線が外野の方から飛んできているが気にしない。所詮は外野だ。今は捨て置いて問題ない。
でもまあ、自分で言うのもなんだけど『恋レベル』ってなんだろうね。つい勢いで使ってみたけど。
「好きだぁっ! 陽菜ぁぁぁっ!」
犬山のその大声は、確かに犬山が抱いている気持ちの大きさの現れに違いない。こいつにとって小牧という存在が本当に大事だということが分かればそれでいいのだ。……うん、合格だ。もういいよ、犬山。もういいって。――もういいから。うるせ、うるせえよ。大声で告白してんじゃねえ、近所迷惑だろうがっ。
「――好きだぁぁぁぁっ!」
「――うるせぇぇぇぇっ!」
もういいって言ってるから! 好きなの分かったから!
「ぐっ……はぁ。はぁ……はぁ……」
「お前すげえな。どんだけ小牧のこと好きなんだよ。まあ俺が叫べって言ったんだけどさ……。いや叫べなんて一言も言ってねえぞ俺」
「こ、これで……、はぁ……、いいか?」
「いいよ。もういい。お前はもう二度と口を開くな」
「――ひどくね!?」
ひどくねえよ。ひどかったのはお前の声量の方だ。夜だってのにバカみてぇに大声出しやがって。なんかちょっと耳の聞こえ悪くなった気がするんですけど。
まあでも。犬山の思いの丈は十分分かったのだ。
だからもう、心配はいらない。
これだけの強い思いと気概があれば、きっと上手くいくと思う。
小牧への想いが溢れてやまない、小牧想いの犬山なら。
それはたった一つの。
――たった一つの、冴えないやりかたである。




