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本当のプロローグ

物語の核心。

「ここは恋愛相談部だよ? えへへ、つまり分かるでしょ?」


 ……さっぱり分からんのだが。


 加納さんは笑顔のまま、「え、なんでわからないの? 頭大丈夫?」と言わんばかりに首をすごい傾げていた。そんなに傾げたら首の骨折れちゃうよ?


 分からないので沈黙していると答えはすぐに示された。


「せっかくだから柳津くんの恋愛相談を聞こうと思ってね」


「……恋愛相談、ですか?」


「ここは恋愛相談部だからね。来てくれる人はみんな恋愛の悩みを抱えているの。『告白をしたいけどどうすればいいか分からない』とか、『彼女を作るにはどうしたらいいの?』とか、『彼氏の浮気を見つけたからどう仕返ししてやろう』とかね」


 おい、最後の恋愛相談じゃなくて復讐計画だったぞ。え、なにそれ超怖い。普通に鳥肌立ったんですけど……。


「恋愛相談部はそういった恋愛に悩んでいる人たちにアドバイスをして、できれば一緒に問題を解決する部活なの」


「な、なるほど」


 恋愛相談、か。まあそれはそうだよな。なんてったって恋愛相談部だもんな。読んで字の如く。ひねりも何もない部活名だ。……やっぱり部活としてどうなんだこれ。


 いや、いかんいかん。今はそんなことはどうでもいいのだ。明日無くなるかもしれない部活に、俺がやれることはやってあげなくては。もしかしたらこれが最後の恋愛相談になるかもしれないしな。よし。考えてみるか……。


「恋愛相談、か。そうだな……」


 言って思考が止まる。いや、頭の中が真っ白になった。


 一つの疑問だけが、俺の脳内にポツリと浮かんでいた。


 ――俺って恋愛したことなくね?


「柳津くん?」


「…………」


 おいおい。恋愛なんてしたことないから恋愛相談をしようにも話が一つも浮かばないじゃねえか……。どうすんだこれ。


 中学生の頃、二次元のキャラにガチ恋した話でもするか……? いやいや。そんなの笑われるっていうか普通に馬鹿にされて終わりだ。だいたい、部活で最後になるかもしれない相談内容が二次元に恋した話ってダメだろどう考えても。


 記憶を掘り起こす。中学がダメなら小学校はどうだ。隣の席でいつも笑っていた香澄ちゃん。―彼女は俺にこう言った。


『あたしの筆箱に触んないでよ、キモオタが移るから』


 ……あかん。あかんわ。


 小学生の頃から俺はオタク呼ばわりされていたのだった。ダメな思い出しかないわ。じゃあもう幼稚園のころのコイバナを出すしかない……。言うんだ。俺は幼稚園の頃、担任の先生を母親と勘違いして『大好きだよママ!』と公開告白したあの話をっ……!


「やっぱり、こんなことしても無意味なのかな……」


「え?」


 ポツリと加納さんが呟いた。


「恋愛相談部なんてふざけた部活だって、みんな思ってるよね。こんな部活に縛られてる場合じゃないのかな。……少しは大人にならないとダメなんだよね」


 俯いていた。あの元気な加納さんが、とても沈んだ様子で。


「いや……。そんなことは」


「ううん、違うの。そうじゃなくて。こうやって柳津くんを無理やり連れてきて、なんだか申し訳ないことをしているなって」


 加納さんはちょっと笑うと、その大きな瞳を俺に向けていた。もう少し話をしていいかという意思表示に思われた。俺は無言で肯定する。


「私も一カ月しかこの部活にいなかったから、この部活のこと全部知ってるわけじゃないけど……。でも、この場所を守りたかった。この場所に居たかった。この場所を継いでいきたかった。……でも、それはワガママなんだよね」


 もう五月だというのに、窓から吹いた風が少しだけ冷たく感じた。


 彼女の言葉に覇気はなかった。


 ただ、少しくぐもった声で彼女はそう呟いていた。


「でも、もう少しだけ部活したかったなぁ……。許されるなら、少しでも長く、この場所に居たかった……」


 彼女の綺麗な声が、教室の中をこだました。

 俺は彼女に声をかけられなかった。


 彼女は、少しだけ泣いていたと思う。


「ごめんね、こんな話して。すこし愚痴を言いたかったの、誰かに」


 そして、彼女は笑った。


 いつもの、あの明るい笑顔だ。


 その笑みはどこまでも可憐で、どこまでも明るくて。


 けれど、なぜか胸が締め付けられるような気がして。


 これでいいのか、と。このままでいいのか、と。心が叫びだして。


 俺は……。


「なぁ」


 冷たく張り詰めた空気を切り開くように、俺は声を出した。


 俺がここに呼ばれた理由。それが分かった気がしたからだ。


 加納さんは俺をじっと見ていた。


「一つ、良いか?」


「……なに?」


 ふわりとカーテンが舞う。また風が吹き抜けた。


 時間がゆっくりと流れているかのようで、少しだけ呼吸を忘れていた。


 心の中に詰まっているこの感情。まるでへばり付いているかのようで気分が悪い。今すぐにでも吐き出したい気持ちでいっぱいだった。


「柳津、くん?」


 なんだよこれ。まったく……。俺らしくもない。


 僅かに笑顔を見せる加納さんが俺を見ている。真っ直ぐな眼差しだ。彼女の大きな瞳と目が合うと、本当に意識が吸い込まれてしまいそうになる。


 俺は彼女に言ってやらねばならない。もういいんだと。もう君は我慢しなくていいんだと。

 お互いの視線がぶつかり合い、ついに加納さんが二の句を零そうとした、その時に。


 俺は時至れりと、言葉をかけた。




「―もう演技はやめろよ」




 冷たかった空気が、凍り付いた。


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