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緊急要件

「お、おう……鳴海さん、じゃないですか」


 周章狼狽したあまり、敬語が漏れてしまう。慌ててスマホの画面を確認すれば、確かに電話の相手は鳴海莉緒となっていた。あれ? 加納じゃない?


「なんでそんなに驚いてるの?」


「……あ、いや、別に大丈夫だ。なんでもない。それよりこんな夜中にどうした」


 まさかこのタイミングで鳴海の方から電話がかかってくるとは……。びっくりしちゃって思わず俺のクールなイメージが壊れちゃうところだったぜ……。


 内心未だうろたえつつも平静を取り繕ってそう尋ねると、なにやらゴソゴソとノイズのような音が電話の向こうから聞こえ始めた。んん、何してんだろうと思ってると、それから虫の羽音のような音も聞こえ始める。……え、鳴海さん今どこにいらっしゃるんですか。こんな夜中に外にいるんですか?


「鳴海、お前いまどこにいるんだよ」


「――あら、誰かと思えば陽斗くんじゃない?」


「…………えっ?」


 電話口の向こうから別の声。


 この声音。この抑揚。今度も瞬時に理解できた。間違いない。



 ――この声は加納の声だ。



「よくもまあ学校一可愛い私からの電話を二回も断ってくれたわね?」


「……アホ。そういうことは普通自分で言わねえんだよ。つーか、え、なに? お前ら一緒に居るの?」


 電話の相手は変わらず鳴海莉緒のはずだ。実際スマホの画面には鳴海莉緒の名前が表示されている。


「そうよ。今は莉緒ちゃんと一緒にいるわ。アンタと全然電話がつながらないから、莉緒ちゃんにスマホを貸してもらったの」


「はぁ。そうですか」


 淡々と物を言う加納に、俺もまた淡白な返事を返す。


「ところでさっきの話なんだけど、なんで私の電話は無視したのに、莉緒ちゃんの電話にはすぐ出たのかしらね?」


 電話越しでも十分に分かる。どうやら加納は俺が二回も着拒したことにご立腹のようだ。


「はっ、なに拗ねてんだ。正直この電話もお前からの電話かと思って嫌々出たんだ。良かったな、三回目でようやく返事がもらえて」


「――っ!」


 見える見える。電話の向こうで加納が悔しがってる様子が目に見える。ははっ、ざまあみろ。これに懲りたら今後俺に夜中の電話はしないこと、俺のことを童貞と蔑まないこと、そして気に食わないことがあったらすぐ俺にボディブローをかますの本気でやめてくださいお願いしますアレ痛いんです。


 恋愛相談部に入ってもう二カ月近く。これまで散々加納から重厚な一撃をもらいまくったせいで、最近は夢の中にまで加納が現れては俺に暴力を振るってくるのだ。そのたびに俺は飛び起きてわき腹に覚える謎の痛みと格闘するわけである。もうトラウマに近いと言ってもいい。トラウマ越えて、もはや病気。


「……んで、何の用事だよ」


 こんな夜中に電話してくるくらいである。それはそれはもう大層な用事があるに違いない。もし「用事とかないけど、急に声聞きたくなっちゃって♡」とか言い始めたら絶対に電話を切る。まあそんな可能性、微塵たりとも無いんですけど。でも「ごめーん、いやがらせでしたっ☆」とかは普通にありそうだ。そのときは明日の終業式で加納の下駄箱に犬のうんこを詰める所存だ。


 俺がそんなことを考えながら問うと、加納は「はぁ」と短くため息をついてから切り出した。



「駅前の緑地公園に来てほしいの。今すぐに、ね」



 加納の声は、やけに重いトーンだった。


「……駅前? 今から?」


 時刻は十時過ぎ。もう夜も大分更けている。こんな夜中に一人で外出なんて不良のすることである。確か県の条例ではこの時間の高校生の単独外出は補導対象になるはずだ。


「……俺、やんちゃそうに見えるけど、実は健全かつ善良な一般市民でして」


「何言ってんのよ。アンタはどこからどう見ても暗い男にしか見えないから、その心配はないわ」


「そんな心配はしてねえよ……。そっちじゃねえ。この時間に一人で出るのが問題だって話だ」


「――緊急事態なの。アンタにも来てもらわないと、どうしようもないのよ」


 なんだか加納の声音はいつになく切羽詰まったかのような、少し慌てているかのような印象を受けた。こんな時間にわざわざ連絡を入れてくるくらいだ。彼女の言う『緊急事態』というのはあながち大げさでもないのだろう。


 加えて鳴海が一緒に居ることも考慮すれば、用件を聞かずともおのずと答えが見えてくる。恋愛相談部として何かトラブルがあったに違いない。――それも緊急の要件。


「俺が行く必要はあるんですか」


「恋愛相談部としての活動よ。アンタも来なさい。これは部長命令だから」


「…………あぁはい」


 部長命令、なんて言われてしまったらもうどうしようもない。音声データがある限り、俺は加納の下僕みたいなもんなのだ。悲しいことに。


「ここで説明するより来てもらった方が早いわ。――すぐに来て」


 一方的にそう言われ、電話はビジートーンに切り替わる。なるほど。四の五の言わず、とにかく来いと言うことらしい。俺の扱いが酷いのはいつものことだが、それにしたって今日の加納の礼儀は最底辺を突き抜けるモノだった。親しき中にも礼儀あり、って言葉知らねえのかな、こいつ。まあ親しくないんだけど。いや、親しくないなら逆にもうちょっと、こう、なんかあるだろ? 


 だがまあ行けるかどうかで言えば、行ける。行けちゃう。夜中だろうが何だろうが、行けちゃう。柳津家はそのあたりの教育方針が成っていないので、深夜にどこへ行こうが全く関知されないのである。そういう意味で外出のハードルは全く高くない。ホント、子への教育って大事だなあとか心にも思っていないことを考えつつ、俺はベッドから起き上がった。


「……風呂、入っちゃったんだけどなぁ」


 ポツリと呟きつつ、適当に着替えを済ませる。


 部屋を出て、階段を下りて玄関に向かう途中、父親とすれ違った。「お? コンビニか? 気ぃ付けろよ」と言われるだけだ。ちょろすぎて逆に怖い。


 外に出ると、湿気をたっぷり吸ったかのようなジメジメとした空気を感じる。重く蒸し暑い感じというか、空気が肌にまとわりついて離れない感じだ。不快感と息苦しさを覚えた。


 夏の夜――この空気感が、俺は好きになれない。


「……はぁ」


 ため息さえも余計に湿っぽくなってしまうような、そんな空気感が、どうも好きになれないのだ。


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