電話ゴールデンタイム
早寝早起きは実に大切であるという。
非常に良く知られた話だ。深夜まで夜更かししているとロクなことが無い。成長ホルモンがどーたらとか、体内時計や生活リズムがどーたらとか、セロトニンとかメラ……、メラなんだっけ。よし〇ずじゃないよな。メラなんたらがどーたらとか……全然知らねえな俺。
まあ詰まる所、早めに睡眠をとらないと体調もお肌も性格も悪くなってしまうということだ。最後のに関しては我ながら手遅れな気もするが、それにしたって夜更かしすることによるデメリットは計り知れない。まあわざわざ夜遅くまで起きている理由もないので最近は十時過ぎには寝るようにしているのだが。……ち、違うよっ。別にやることが無さ過ぎて寝てるわけじゃないよ? むしろ俺の健康意識が高いだけ。いやマジマジ。
遥香の不味い野菜炒めを何とか完食した俺はその後、録画しておいた深夜アニメを消化したりスマホで動画を見たりして時間をつぶし、風呂に入って歯を磨き、いよいよ寝るばかりとなっていた。
時刻は九時を回ったところ。リビングに入り、それから机の上にあったリモコンを拾い上げてテレビをつける。
この時間になると、どうも同じような番組しかやっていないような気がしてならない。実際チャンネルを切り替えても、どれもこれも同じようなドラマしかやっていないのだ。具体的には刑事ドラマとか医療ドラマとか刑事ドラマとか……。刑事ドラマ多すぎだろ。どんだけやってんだよ。
いやでも、これは刑事ドラマがそれだけ人気だという証なんだろう。難解なストーリーを紐解いていって、無数に張られた伏線を経て、最後に真相がぱぁっと現れるのが良いんだろうな。俺も昔はよく見てた。うん。――でも犯人分かっちゃうんだよなぁ……。明らかなベテラン俳優がすげえ脇役で、終盤に出番が増えたかと思ったら真犯人はそいつでしたっ! みたいな。もうそれが分かって以来刑事ドラマは見ていない。あれは芸能界の闇である。
「……ドラマ、か」
独り言つ。……そういえばドラマで思い出したんですけど、学校でよく「昨日のドラマ見たー?」とかいう女子同士の会話あるじゃないですか。……アレって多分裏の意味があると思うんですよね。急な話ですけど。
あ、いやつまり。あの質問って値踏みだと思うんですよ。だって昨日のドラマを見たか、なんていう質問を友達にしても、会話が広がらなくないですか? 同じ番組を見ていたら共有するコトも無いわけだし、見ていなければネタバレになるからやっぱり会話は広がらないわけで……。せいぜい「あの俳優カッコよかったねー」くらいしか言うことがないと思うんです。
つまりあの質問の真の意図は、ドラマの内容とか関係なしに、ただ『私と同じドラマを見ているか否か』で、そいつが友達たり得るかの品定めをしているんですよ!
どうですかこの推理! ホントだったら怖くないですか。JKの闇だと思いませんか!?
…………。
…………ふぁー。
死ぬほど下らないことを考えつつ、あくびを一つ。
まあ俺ほとんど友達いなかったから、そもそもそういう会話したことないんだけど。
惰性でテレビをぼーっと眺める。退屈以外の感情は発生しない。
「…………はぁぁ」
今度はため息が漏れた。
うん。
やっぱり今日はもう寝よう。やることもねえし。
テレビを切り、リビングを出てそのまま階段で二階へ。
自室に入り、そのままベッドにダイブ――今日はなんだかいつもより疲れているみたいだ。遥香の話を聞いたせいだろうか。
リモコンで照明の電気を切ると、部屋は一瞬にして闇に包まれる。どうでもいい話だが、俺は寝るとき豆電にしない派だ。本当にどうでもいい。
徐にスマホを取り出してメッセージの確認……。おーけー。今日は誰からも連絡来てないな! もし連絡とかあったら寝ちゃう前に返さないとね。相手が可哀相だから。「ごめん、寝てた」とかそれもう「ごめん、無視してた」と同義だから。知ってるから。
そのへんしっかり理解して、寝る前にメッセージの確認する俺ってば超偉い! まあ今日に限らずいつだって連絡なんて無いんですけどねー。はははっ、ははっ、おい、笑うな。ぶち殺すぞ。
とか思っていたときである。手元のスマホがブルルと震えた。
「――うぉえ?」
あまりのタイミングの良さに変な声が漏れた。――着信だ。
画面を確認する。俺のスマホに電話を掛けてくるのは決まって智也か家族(妹以外)、あるいは悪徳業者なもんだが、画面に表示された名前はそのどれでもない。
「……あいつかよ」
表示されている名前は……言わずもがな。我が最大の宿敵、加納琴葉だった。
こいつから電話がかかってくるなんて初めてのことだ。いまさら加納と電話で話すことも無いというのに……。というか、話したくない。
普段顔を合わせている時間ですらまともな会話が無いのに、電話で一体何を話すというのか。しかも今の時間を見てみろ。もう十時近い。それはつまり、現時刻から夜中の二時までお肌のゴールデンタイムということだ。美意識の高い俺である。この時間に睡眠をとらねば、加納と話すストレスも相まって二重でお肌に悪影響を与えるだろう。ピチピチの肌を守るためにも、それだけは御免である。
――着信拒否。
下の方へと電話マークをスライドさせると、いつものホーム画面に戻った。うんうん。これで良し。
まあアレだ。これは俺が寝ていたことにすればいいんだ。うん。
で、明日になったら「ごめーん、寝てたわ」とか言っておけばいいだろ。それで向こうも納得する。寝てたならしょうがないかーって諦めるでしょ。たぶん。……いや思いっきり着信拒否しちゃったけど。
でもこんな夜遅くに電話をかけてきた向こうにも責任はあるからね。いやまあ何の責任か知らんけど。てか何の電話だったんだろう……。まっいいか。とにかく俺は電話にでんわ――とか思ってたらまたかかってきた! うぜぇこいつ!
え、なに? どういう状況これ? 俺とそんなに話したいの? もしかして俺のこと好きなの? いやそんなわけ絶対ないけど、俺に電話かけてくる理由って何?
なんだかよく分からないし、若干の恐怖を覚えたので、反射的に今度も着信拒否を選択してしまう。あっ、いや、これは。違うんですよ。ついやっちゃったというか、手が勝手に動いたというか。もはや無意識のレベルで俺はあいつのことを拒否しちゃってるらしい。
「なんなんだよ、マジで……」
俺の勘だが、加納琴葉はこの程度で折れる女じゃない。またすぐに電話がかかってくるような気がしてならない。というか絶対かかってくる。
そのしつこさ、鬱陶しさ、邪魔くささ、ウザさにはどこぞやの二次元爆乳少女と通じるものがある。しかし大きな違いは、加納の方が暴力を振るってくるということだ。あと微塵たりとも遊びたくは無いということ。だいたい、今どき暴力ヒロインとか流行らねえよ――とか思ってたら、ほら来たっ! また着信だ!
俺は大きなため息をつくと、覚悟を決めて電話マークを上へとずらす。こうなったら一言言ってやろう。夜更かしは美容に良くないからさっさと寝ろ、とな……!
「――美容は夜更かしによくねえから早く寝ろ!」
「……何言ってるの。柳津くん」
電話の向こうからやってきたのは落ち着いたトーンの女子の声。妙な優しさと温かみを感じさせる声だった。瞬時に分かった。これは加納の声じゃない。
「それを言うなら、夜更かしは美容に良くない、じゃないの?」
電話の声の主は――鳴海だった。