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暴走するハートブレイク

妹の話です

「ただい――ま……?」



 玄関からリビングに入ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。



 扉を開けた先にあったのは、散らかった衣類、机に出しっぱなしのメイク道具、出されていないゴミ袋……。床には書類やら段ボールやらが散在していて、おまけに――


 って。いや、驚いたのはこいつらじゃない。俺が学校から返ってくる頃には大抵部屋はこんな感じになっている。家族全員ズボラなもんだから、多少部屋が散らかっていても誰も気にも留めないのだ。だから、部屋の汚さに驚いたわけじゃない。



 ――俺が驚いているのは、キッチンの方。



 そこには、鼻歌を歌いながら料理に励んでいる遥香の姿があった。


「あ、兄ちゃんおかえりー」


「お、おう……。ただいま……」


 目を疑うような光景に、思わず一歩後ずさる。遥香が帰宅してきた俺に笑顔を振りまいているのだ。


 彼女はエプロン着にポニーテールという姿で、何やらフライパンで炒め物を作っている様子だった。部屋にはスパイスの匂いが漂っていて……え、なにこの状況。まず遥香が料理をしているところから驚きなんだけど……。次にいつも不機嫌そうな表情が笑顔になっているのが驚き。最後に俺に「おかえり」とか言ってくるのが驚きである。驚き三連単。


 いつもであれば俺から声を掛けても八割くらいの確率で遥香は無視するはずだ。ちなみに残り二割の確率で「うっさい、死ね」とか言われる。返事が返ってくるだけマシだと思うべきかは微妙なところだ。


 だが今日は違った。普通に遥香から「おかえり」と言われたのだ。


 俺たち兄妹の関係はどちらかというと冷めている方である。仲が悪いとまではいかないが、互いに積極的に話しかけようとはしない。それを良い悪いで評価するならばもちろん後者なのだろうが、無関心というかどうでもいいというか……、俺も遥香もこの関係を改善しようとは思っていないのだから、どうしようもないわけだ。


「いま野菜炒め作ってるから、もう少し待っててね」


 だが、そんな中やって来た突然の妹イベント。


 まさかリアルに起きるとは思わなかった。……というか思うワケが無い。


 妹がメインヒロインである漫画やゲーム、アニメは数多いし、別にメインヒロインじゃなくても、ラブコメにおいて妹という立場は重要だ。むしろ妹だからこそ主人公に寄り添える場面もあるし、力になってやれる機会もあるだろう。


 だが、リアルに妹がいる身としては「おい、んなわけねえだろ」とツッコまずにはいられない展開が多いわけで。


 毎朝起こしてくれるだとか『お兄ちゃん大好き!』だとか突然デレたりだとか妹のことが可愛く見えたりだとか……。他にも妹とデートだとか異性として意識しちゃうだとか妹とラッキースケベだとか。もう最後に関しては、妹とか関係なしに意味分かんねえんだけど。


 いや、まあ、もちろん仲がいい兄妹なら会話とか普通にするだろうし、妹と二人でどこか遊びに行ったりすることもあるんだろうが……。でもさすがにラッキースケベは無いよな。ありえねーよマジで。


 もちろん突然妹が優しくなるなんていうことも無い。今まで冷え切った関係を送ってきた俺たちに何かきっかけがあったとも思えない。だから眼前の光景も何かの虚構かと思わずにはいられない。突然妹が優しくなるなんて絶対裏があるに決まっているのだ。


 そんなことを延々と考えていたら、目の前に遥香がいた。


「なんでそこで突っ立ってんの?」


「あ、いや、なんでもないっ……」


「それより、ほら! 久しぶりに料理したんだけどっ! マジヤバくない!?」


「おう、そうだな……。やべえな」


 何がヤバいのかさっぱり分からないが、とりあえず状況だけは飲み込んだ。ハイテンションな遥香を尻目に俺はソファに腰掛ける。


 遥香は悪戯っぽく笑うとキッチンの方へと戻っていった。そういえば遥香が料理をしているのを久しぶりに見た気がする。あいつ最近は夜遅くまでどっか遊びに出かけてることが多かったし全然家事手伝ってくれなかったからな……。


 そんなことを考えながらしばらく待っていると、鼻腔をくすぐる刺激的な匂いが漂い始める。どうやら料理は完成に近づいているみたいだ。……ところで今思ったけど、あいつって料理出来たっけ。


「うわっ! やばぁっ!」


「……」


 やっぱり。確か遥香ってあんまり料理得意じゃなかったよね? 特に火の扱いとか分量の調整とか最悪で、あいつがマトモに作れるのはレトルト製品とカップ麺くらいだった気がする。てかさっきからめちゃくちゃスパイシーな匂いがしてんのそれが理由? おいなんだよこの匂い。野菜炒めってこんな匂いしましたっけ?


「ハハッ、マジウケるっ。あ、もうすぐできるよ」


「いや俺まったくウケないんだけど。お前なに作ってんの? カレー? カレーみたいな匂いしない?」


「そんなわけないじゃん? 野菜炒めだよ? あ、でも塩コショウが切れてたから、クミンとオレ……ガノ? っていうのを代わりに入れてみた。なんかどっちもいい匂いしたし。そういえばさっきから匂いがすごくない?」


「すごくない? じゃねえよ! それだっ! それが原因だ! お前そんなの塩コショウ感覚でふったらダメに決まってんだろ!」


 ソファからガバッと起き上がってキッチンの方へ駆ける。フライパンを覗くとそこにはなんかすごい色と匂いをした野菜炒めが鎮座していた。なんだこの物体は……。しかもちょっと焦げてるし。


 訳も分からず絶句しているのも束の間、遥香が「よしっ」と火を切るとこちらに向かって微笑みかけてきた。


「できたよっ」


「……なにそれ」


「え? 野菜炒めだけど」


「……なに、それ」


「…………」


「…………それは?」


「…………野菜、炒めです」


 んん、まあ。さすがに自分でも途中から分かっていたみたいだ。というか、いくら料理下手な奴でもここまで突き抜けたモノを作ったりはしない。


 遥香はフライパンの上にある『何か』を見つめつつ困ったような笑みを浮かべると、恐る恐るそれを大皿に盛りつけていく。



「…………食べれる?」




 ――その質問、こっちの台詞なんだよな……。


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