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寂しくなる日

 今日も恋愛相談部は平常運転だった。


 来客は無く、これといった面白い話もなく、ただ悠々と時間だけが浪費されていく。


 普段なら新作のラノベを読んで時間をつぶしているところだが、生憎と今は金欠病にかかっているので新作を買う余裕はなかった。


 だから今は家から持ってきたラノベを再読している。もう何度も読み返しているラノベだったので、読んでいていまさら新しい発見もない。


 加納や鳴海と特に話すことがあるわけでもないし、こちらから話しかけることも、向こうから話しかけてくることも無い。なんだか手持ち無沙汰でスマホの電源を入れてみるが、スマホでやることがあるわけでもないので適当にニュースや天気予報を眺めるくらいだ。惰性に任せてネットサーフィンをしても面白くない。結局スマホをポケットにしまって、またラノベを手に取る。


 まあ、つまるところが。




 ――退屈である。




 うん。まあ、別に良いんですけどね。むしろ退屈なくらいがちょうどいいまであるし。訳の分からん惚気話に無理して相槌打ったり、意味不明な復讐計画に付き合わされて彼氏が一番苦痛だと思う死に方を考えさせられたりするのは肉体的にも精神的にも疲れるのだ。


 たまにはこういう日があってもいいと思う。


 そうそう、悩みなんて無い方が良いに決まってるんだから。誰もこの部屋に来なかったってことは、要するに悩みが無くて良い日だったってことだ。たぶん。


 ページをぱらぱらと繰ると、あっという間に奥付まで来てしまった。そもそも読書する気分でもなかったし、内容が頭に入ってこなかったからちょうどいい。ほとんど最初しか読んでいないラノベを閉じて、彼女たちの方を見る。


 二人もまた、スマホを弄って退屈そうにしていた。


 あくびをかぁっと漏らす。窓からは心地よい風が吹き抜けて眠気を誘ってくる。虚ろな目で壁時計の時間を確認するともう最終下校時刻が近かった。


 どうしたもんかなと思っていると、遠くの方でカラスがかぁっと鳴いた。うん。そうだな。カラスが鳴くから帰ろっかな。あれホントはカエルらしいけど。帰る、だけに。


 どうでもいいことをぐるぐる頭の中で巡らせつつ、鞄を持ち上げた。




「帰るわ」


「そ?」




 加納がこちらに視線を預けることも無くそう口にした。俺の帰宅を制止しないということはどうぞお好きにという意味だろう。まあ止められたとしてもこの時間なら無理にでも帰るんだが。


「鳴海も、また明日な」


「うん。……あ。また、ね」


 鳴海にそう声をかけると彼女は小さく笑った。加納と違って、鳴海は挨拶のときにいつも笑ってくれる。こちらとしては、笑顔で受け答えしてくれる鳴海の方が好感が持てるし挨拶もしやすい。


 でもなんだろう。すこしだけ鳴海が寂しそうな顔をしている気がした。


「どうした?」


 もしかして明日の部活まで俺と会えないことが寂しくて仕方ないとかそんなわけないですよね。


「アンタ馬鹿なの?」


「馬鹿じゃないけどなんだよ」


 一方、挨拶の時はいつも喧嘩腰の加納。こちらとしては今すぐにでもこんな奴との会話を切り上げたいところだ。


「明日は何の日か知ってる? もしかして忘れたの?」


「……んだよ、その質問。意味不明な記念日押し付けてくる彼女かよ」


 ギャルゲーやってるときもこういうタイプの女子っているんだよな。今日は何の記念日でしょうかって聞いてくる奴。大抵しょうもない記念日が答えなんだが『正解は、二人の誕生日のちょうど真ん中記念日でした! 真ん中バースデーだよっ。だからケーキ買って♡』って言われたときはさすがにキーボードをクラッシャーしちまったぜ……。


「本気で分からないの?」


「知らねえよそんなの。なんかあったか?」


 てんで分からない。加納の方を見ると「こいつマジか」と言わんばかりに呆れた顔をしていた。うむ……。明日か。


 答えが分からずじまいなのも癪だったのでしばらく考えると、


「――いや、待てよ」


 瞬間、脳ミソがピキーンと音を立てた。全身に稲妻が走る。それはもう、ピラ〇キーノばりの閃きだった。はははっ。いやぁ、ピラめいてしまったなぁ。思わずあの体操を踊ってしまいそうになるくらいには閃いた。


「明日終業式じゃん」


「そうよ? 明後日からはもう夏休みだからね」


 そう言って加納は肩をすくめていた。なんで俺、そんな大事な日を忘れていたんだ……。まさか夏休みに予定が一つも入っていないから全然嬉しくなくて終業式の日を重要視していなかったのか……? なんだよそれ。俺悲しすぎる。


「明日は式だけだから午前で学校はおしまいなの。ここに来る人もいなさそうだし、明日の部活はお休みにしようと思ってるわけ」


「つーことは……、次の部活は、夏休み明けってことか」


 およそ一カ月ある忠節高校の夏休み。多くの運動系部活動は夏休みの間も大会に向けた練習などをするが、我らが恋愛相談部にその予定はない。


「だから、次に私たちが会うのは当分先よ」


「そうだね……」


 なるほど。どうりで鳴海の表情が浮かばないわけだ。俺たちは部活でビジネスライクな関係を築いてきたわけだが、やはり同じ部活動の仲間である以上、しばらく会えなくなるのは少し寂しいのかもしれない。


 実際、鳴海としばらく会えないのは物足りないような寂しさを覚える。一緒に部活動をする仲になってまだ一カ月ほどだが、放課後挨拶する度にいつも見せてくれるあの笑顔が見られないと思うと、なんだか心に来るものがあった。


 そんな俺の表情を見て察したか、鳴海がまた小さく笑って俺たちに声を掛ける。


「寂しくなるね……、二人も会えなくなるから」


 少し震えているような、けれど優しい声だった。


 俺と加納はちょうど顔を見合わせる。互いの気持ちを探るような視線を交わし合うと……、なんだろう。少しだけ笑えてきてしまう。


 なんだかんだこいつとは色々あった。初めて顔を合わせたあの日のことは今でも覚えている。それからというもの、俺の学校生活を散々荒らしてくれたこいつには憎悪とか嫌悪とか不快感しかないわけだが、それでも、こいつと歩んできた二カ月間を俺は忘れることは無い。……そうだな。こいつと会えなくなるのが俺は――





「「寂しくないけど?」」



 ――俺と加納の声が重なった。





 おおっと。これはこれは。珍しいこともあるもんだ。俺と加納が同じ意見だなんて。


「あら? 今のはもしかして照れ隠しかしら?」


「お前なんかに照れる要素はねーよ。心の底からの本音だ。安心しろ」


 俺と加納が言い合い始めたのを見て驚いたのか、鳴海がキョトンとした表情になっている。まるで「あれ? どうしてこんな展開になっちゃった?」とでも言いたげだ。


 んなわけねえだろ鳴海。勘違いされちゃ困る。確かに俺は鳴海と別れるのが少しばかり辛い。だが加納とはむしろ永別したいくらいなのだ。夏休みの一カ月間じゃ少なすぎるまである。


「私もアンタの顔見なくて済む一カ月が楽しみで仕方がないわ」


「それは良かったな? なんなら一生お前とは会いたくないんだが」


「部活動には来てもらうわよ? それがルールだもの」


「それはルールって言わねえよ、束縛って言うんだ」


「ふ、ふたりとも、落ち着いてっ……」


 どうして俺と加納ってこうも喧嘩ばっかなんだろうな。喧嘩するほど仲がいいって言うけど、もしそうだとしたら最早カップル成立してなきゃおかしいレベルだ。相変わらず俺たち二人にラブコメする予定はない。ついでに言うと俺には夏休みの予定もなかった。うーん、ふぁっきん。


「だいたいお前は……―――――」


「…………え?」


「…………」


「……なによ、急に。いきなり黙んないでよ」


「いや……。今廊下の方から誰かに見られていたような……?」


 扉の向こうから感じた視線。



 ――確かに今、人影のようなものを見た気がする。



 それはいつか感じた視線と全く同じものだった。


 なんだ……? 誰かに見られてるのか?


 視線を感じた方へと向かい、恐る恐る扉を開けてみる。


 が、やはりそこには誰もいなかった。


 俺の勘違いなら別に良いんだが、前にも似たような感覚に陥ったことがあるので、ちょっとばかし怖い。


「これはホラー展開になるかも分からんな……」


 独り言つ。絶対あり得ない伏線回収だけどな。いやでも分からんぞ……。そもそもこの話ラブコメとして機能してねえし。ホラー展開ワンチャンあるな。むしろゾンビとか出てきて加納のこともしゃもしゃ食べてくれるんなら全然アリである。



「またその話? アンタ、ホラーとか好きなのね? ――あ、分かった! 扉から顔出してるあのホラー映画を最近見たんでしょ!」


「キューブリックの話はもういいです」


 お前こそ、またその話か。お前どんだけあの映画監督好きなんだよ。


 まあ今の加納の発言で何の映画か分かってしまう俺も大概なんだが……。


喧嘩するほど仲がいい、って本当なんですかね(笑)

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