春日井美咲の小さな悩み
春日井は本気のようだった。
どれくらい本気かと言えば、俺の手を無理やり引っ張って自分の席の近くまで連行してくるくらいには本気だった。ただ俺の手には触れたくないのか、しっかり制服の袖の部分を掴んでいる辺り、なんだか悲しくなりました。まる。
反抗する意思も気力も勇気もないので、されるがまま春日井の隣の席に座る。
恋愛相談……か。――春日井が、俺に。
どうもしっくりこない。よりによって春日井が俺に一対一で相談を持ち掛けてくるなんて意味が分からなかった。
春日井は加納と同じくスクールカースト最上位に君臨する人気者だ。つまり友達うじゃうじゃである。加納もその有象無象の一人であり、どう考えても俺以外に相談役の適任者は大勢いる。
「その前にどうして俺なんだ。お前の友達に頼れば良いだろ。加納とか」
そもそも俺は彼女の相談役として圧倒的に力不足なわけだし……。だってギャルの恋愛事情とか知ったこっちゃねえよな……。なんならどんな恋愛事情も知らない。でも二次元ならわかる。二次元なら。
そんな俺の心中など春日井が汲んでくれるはずもない。彼女はゆっくりと息を吐きだして、窓の向こう側を見ながら言った。
「琴葉でも良いんだけどね……。今回は柳津かな、って」
「……はははっ、俺を選ぶだなんて血迷ったか春日井。言っておくが俺は何の役にも立たないからな!」
「柳津は恋愛相談部の一員でしょ? そんなんでいいの……」
無能をアピールしたら、なんだか呆れられていた。あれれ……。なんか予想した反応と違うんですが。
こいつ、もしや本気で俺のことを頼っているのだろうか。
生まれてこの方、まともに頼られたことなんて家族から「コンビニ行ってきてー」と言われたくらいしかない俺である。そんな急に頼られても困る。心の準備とか色々必要だ。
とりあえず、ゴホンとわざとらしく咳をした。まあいいでしょう。頼られて悪い気はしない。何でもどうぞと言おうとしたそのとき、春日井が再び口を開いた。
「あ、でも相談って言っても柳津に期待とかはしてないから。ただ私の質問に答えてくれればいいだけ」
「……あそうですか」
なんだよちくしょう! だったらなんで俺に相談すんだよっ!
「……じゃあ俺に相談してくる意味が分からんのだが」
もしかしてこいつ、社会的弱者を虐めるのが好きとかそういうタイプなのか? だから俺にこんな適当なことばっか言うの? なにそれひどい。泣いちゃいそう。
心の上っ面でそんなことを思っていたら、春日井はまた俺のことを呆れたような眼差しで見た。
「いや分かるでしょ、普通?」
「ほぉ……?」
春日井の上から目線すぎる言葉にさすがの俺も思わず唸ってしまう。そうですかそうですか。普通の人なら分かるんですかそうですか。――何言ってんだこいつ、分かるわけねえだろ。
春日井の言うその『普通』の人だったら今頃発狂ものだろう。既に春日井に飛び掛かっているに違いない。いやマジで。それぐらい意味が分かんない。
「…………」
だがそれはあくまでも俺の立場から見た意見だ。春日井から見ればそうでないという。
春日井のバカにしたような視線は些か腹立たしいが、少し考えてみると一つの答えが浮かび上がる。……なるほど。なんとなく分かったような気がする。
俺は普段から昼休みでよくここを訪れる。しかし今までに春日井とエンカウントしたことはない。
今日に限って春日井がいるということは、それだけ彼女にとって事態が重大だということだろう。
「なるほどな。つまり――」
俺は腹いせに、春日井の期待を先回りすることにした。
「――智也とうまくいってないんだな?」
その言葉に、春日井の眉がぴくりと動いた。
そして俺に視線を預ける。『え、なんで分かったの? なんで分かったのよ?』っていう顔だ。驚きのあまり締まりのない顔になっている。い、いや。そんな驚くようなことじゃないだろ。
「なんで分かったの……。陰キャ童貞のくせに」
「おいやめろ」
やめてください。ごめんなさい。それだけは言わないでください。
思わず頭を下げちゃうくらいには傷つくんだよなぁ、童貞とか言われると。つーか今思ったんだけど、俺の周りって童貞いじりしてくる奴ら多すぎじゃね? いやマジで。多すぎるよね。普通思っても言わないよね? おかしいよね? そんなに俺って童貞顔? 童貞顔ってなんだよ。
「俺が陰キャ童貞かは置いといて」
気を取り直して、春日井の心中の推理を続ける。
「なんで分かったかって話だよな。まあ俺、最近になってもお前らの関係が改善してないことは知ってるからな……。あれ以来お前は智也を束縛してるみたいだし。差し詰め喧嘩でもしたんだろ。で、仲直りしたいから、智也と交友のある俺に協力を仰ぐことにした。だから加納やお前の友達より俺を選んだ。……違うか?」
そう言って、俺は春日井の反応を見る。
結構自信はあった。その証拠に、春日井は俺を再び驚いたような顔で見ている。
俺に協力を仰いでいる時点で、智也が絡んでいることは明白だ。
「……半分、当たり」
「半分違うんかい」
なんだ……。見当違いじゃねえか。
どうやら俺の推理力はワトソン君止まりのようだった。頑張っても主人公の引き立て役にしかなれない辺り俺ってばまじワトソン君。まあ俺頭良くねえしな。ちなみにこの物語にホームズは出てこない。あしからず。
春日井が俺を呼んだ半分の理由とやらは思いつかない。困って頭を掻いていると、陰った様子の春日井が呟くように言った。
「……だって、喧嘩にも、ならないから」
その声は、少しだけ震えていた。




