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カワウソと幼なじみ

 入場ゲートを通り、エレベーターで四階まで上がる。


 その先は室内植物園かのような緑が生い茂ったフロアとなっていた。大木が岩と岩の間で橋のように架かっていたり、小さな滝があったりとなんだかすごいことになっている。


 どうやらここは、この街の近くにある大きな川に生息している生き物たちを展示しているフロアらしい。これらの大掛かりな装飾は、その川の渓流を表現しているようだ。


 サワガニやらヒキガエルやらサンショウウオやら、普段の生活では見ることが少ない生き物たちがその自然の中で悠々と生きている。


 違う柵の方では、カワウソたちが岩場に上って仲間たちとじゃれ合っていた。


 しばらく岩場で遊んでいたカワウソが、仲間のカワウソと一緒にプールへちょこんとダイブ。小さな体が飛び込むのに合わせて、水がぴょんと跳ねた。プールの中をすいすいと気持ちよさそうに泳いでいる。


 その姿はなんともまあ心和む光景だ。将来の夢はコバンザメになってヒモみたいな生活を送ることだったが、あいつらのように楽しくじゃれ合って生きていく暮らしも悪くないなぁとか思うのだった。完。……で、魚はどこ?


 階段を下ると、いよいよお魚たちとのご対面である。


 あまり名前に聞き覚えのない魚たちから、アユやらウナギやらエビやら旨そうな名前をした魚たちまで、水槽のなかでアホみたいな顔をして泳いでいる。


 ふむ、なるほど……。魚なんて見ても何が面白いんだよとか思っていたが、こうして見ると色々発見はあるもんだ。あっ、あの魚、いまウ○コしたな、とか。あとは特にないけど……。


 しかしアレだな。久しぶりに水族館来たけど、案外面白いもんだな。


 水槽にくぎ付けになっていると、加納から声がかかった。


「陽斗くん」


「ん? どうした」


「……顔がブロブフィッシュみたいになってるよ?」


 ブロブフィッシュ――大半の人は聞き覚えのない名前だろうが俺は知っている。以前こいつに似ていると言われて調べたことがあるのだ。アレだ。要するに今のは悪口だ。


 一緒にいる鳴海や犬山、小牧には伝わることの無い、俺への罵倒。なにこいつ。俺にだけ暴言をダイレクトアタックするとか……もしかしてデュエルマスターなの? そのうち滅びのバーストストリームとか撃ってくんの? てかこれ以上俺の顔を侮辱するのはやめろって。周りに人がいなかったらもう泣いてるぞ俺。


「あー見て、カワウソが飛び込んできたよ!」


 小牧が指さす方を見る。


 さっき上から見ていたカワウソたちが水槽に向かって飛び込んできたのだ。水中のカワウソたちは岩の隙間に頭を突っ込んで体をうねうねさせている。うねうねうねうね……可愛い。可愛いけど……何してんのこいつら?


「エサでもあんのか……? あそこに」


 食への執着がすごいのか、カワウソたちは自らの身体をコークスクリューばりに軸回転させて岩の中に頭をねじ込んでいた。


 それを見て、隣にいた犬山がクスリと笑う。


「何してんだろね、あれ」


「さ、さぁ……?」


 困ったような笑みを浮かべる小牧。まるで急に会話を振られてどう返せばいいか分からないとでも言いたげな様子だ。……その気持ち、めちゃくちゃ分かるぞ。こんなところだから緊張でもしているのだろうか。


 そんな小牧の様子を見た犬山が、「あっ」と気付いたような声を漏らして、慌てたように口を開く。


「カ、カワウソって、あんな可愛い見た目なんだけど実はめっちゃ噛む力強いんだよね。カニとかボリボリ食べちゃうみたいで」


「へ、へぇー……」


「あれはコツメカワウソって言って、足の爪が小さいことからその名が付いたらしくて……」


「はぁ」


「……カワウソって、実はワシントン条約で国際取引が禁止されていて――」


「そ、そうなんだ……」


「えーっと、それから――」


 おいおい犬山……。お前何の話してんだよ……。


 今度は犬山の方が困ったような表情を浮かべていた。色々とその手の知識を披露しているようだがどれも不発に終わっているようだ。うーん、この状況、見覚えあるなぁ。


 アレだ。思い出した。俺が中学生の頃、勇気を出して隣の女子に声を掛けたときだ。一緒にゲームの話をしようとしたら、こんな感じに「へぇ」とか「はぁ」とか言われて、最後には「興味ないから」と言われたあの日そっくりだった。……興味ないからってなんだよ。ゲームのこと? それとも俺のこと? ねえ? 俺のことなの? 俺のことなんでしょ?


 まあ気持ちはめちゃくちゃ分かるんだけどね。話す側も話題に困ってとりあえず口を開いたは良いものの、どんどんと話題はよく分からない方向へと突き進んでいってしまい……みたいな。なべて自分の好きな話題というのは、他人にとってそうでないのである。会話というのは本当に難しい。


「あー……ごめんね。私、そういうのよく分かんなくて……」


 まあ今のはどう考えても犬山が悪いと思うが……。ワシントン条約とか言われても知ったこっちゃねえし。なんというか、ここが水族館だからって水族館トークばかりすんじゃねえって話だ。


 無理に生き物の話なんかせず、いつものように小牧の好きなモノの話でもしてやればいいのだが……。ところで、小牧の好きなモノってなんなんだろうな? 偏見だけど三國志とかめちゃくちゃ好きそう。偏見だけど。


 しかし、こいつら思ったよりアレだな……。幼なじみだからある程度そういうぎくしゃくした関係はすっ飛ばせるかと思ったのだが。いや、むしろ幼なじみだった頃の関係があるせいで、かえってこういう場面で上手く距離を縮められないのかもしれない。


 仕方がない……。ここは恋愛相談部として手本を見せてやるべきだろう。


「いいか、犬山と小牧。今から俺と加納がこういうとき普通のカップルがどういう会話をするか実演してやる」


 そう言って俺は、水槽に釘付けになっていたゴリラ一匹を招集した。


 腕をつかみ、彼らから少し距離を取った場所まで移動。


「なによいきなり? せっかくあそこのカワウソが今からご飯食べるところだったのに……」


「おいなに普通に水族館楽しんでんだよ。当初の目的を忘れるな」


「わ……、忘れてないって」


 事情を再確認し、加納に協力を仰いだ。


「いいわ。こういう時に普通のカップルがする会話をアンタとすればいいんでしょ?」


「そういうことだ。頼む」


「アンタが足を引っ張らなければ大丈夫よ」


 そう言って加納が自信たっぷりに笑って見せると、みんなの方へと笑顔を散らして戻っていく。


 ほんと、どこからやってくるのだろうかあの自信は……。あいつだって恋愛経験無いくせに……。




 何はともあれ、俺と加納によるデートシミュレーションが幕を開いたのだった。


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