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水族館へ

 電車に揺られ約十分、そこからバスに揺られ約三十分ほどで目的地には到着した。


 そこは単なる水族館ではなく、正確には複数主体の複合型公園というやつらしい。レジャー施設に限らず公園内には研究施設なども設置されている。


 自然との共生をテーマにした様々な体験型学習施設も存在し、大人から子供まで楽しく自然に触れあって楽しく学ぶことができるようだ。さらに高速道路のパーキングエリアに隣接しているので、遠方からやって来た人たちも休憩がてら楽しめるという……あ、別にダイマとかじゃないよ? うん。


 いや……、だってね? 


 別に俺たちは自然との共生を学びにここへやって来たわけではないのだから。無論そんな高尚な動機でここへ来たわけではなく、事はもう少し下世話な理由である。



 それを証するように、水族館の入り口にて俺は加納と下らない会話を繰り広げていた。



「――陽斗くん、おごってっ」


「なんでだよ。自分で買えよ」


 水族館の入り口。

 入場するために必要なチケットを購入する券売機の前で俺と加納は早速足踏みしていた。


「こういうのは男の子が出すって法律で決まってるんだよ?」


 相変わらずの気色悪い声で俺に詰め寄る加納。入場券を買えとさっきからウザいくらいにせがんでくる。これくらい自分で買えって話だ。……つーかそれどこの国の法律だよ。もう日本から出ていけお前は。


「せっかくのデートなのに、陽斗くん冷たいー」


「別に冷たくない。普通に金がないだけだ」


 いつぞやの鳴海の件で衣装代等を負担した経緯で、デートをするには心許ない金額しか持ち合わせていない。全財産〆て五千円也。そこらの小学生の方が金持ってるまである。


 そんな俺の金銭事情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、加納が「えいっ」と可愛らしい笑顔で俺の腕にしがみつく。う、うぜぇ……。


「いいからくっ付くなって。暑苦しいっつーの」


 他にも胸とか当たるし汗とかキモいし胸とか当たるから止めてほしい。


「ええ? デートなのにー?」


「いくらデートでもこんなに腕ぎっしり掴まねえだろ……っておい、おい加納。関節。関節決まってるから。関節決まってるのはおかしいから――っていててててて!」




「――いいから早く出せ」




 ひぃっ……。


 えぇ……こっわ。加納さん怖っ。そんな低いトーンの声出すなよ。危うく変な声出るところだっただろ……。


「……犬山君と小牧さんがあそこで見てるのよ? ここは普通の彼氏らしく、彼女の分も奢ってあげるシーンよ」


 確かに、券売機の前にいる俺たちを凝視する視線が幾つかある。先にチケットを買い終えた鳴海たちだ。よく見ると犬山は手元にメモ帳的なものを握りしめている。……何をメモることがあるんだろう。


「そう言ってお前は払わない気だろ」


「そんなことないよー? 知ってる? いい女は財布を持ち歩かないんだよっ」


「なにそれ。超初耳なんだけど……。もしかして初耳学?」


 先生でも知らねえよそんな雑学。


「いいからそのポケットに隠してる財布を出せ。つーかお前財布持ってんじゃねえか」


 もう何からツッコめばいいか分からない……。なんだよ。財布持ち歩かない、って。普通に不便なだけだろ。


 よく分からんことを言ってる加納を尻目に俺は財布を取り出す。


 ぐだぐだとここで漫才をしている意味などない。さっさと入場券を買って次の行動に移りたいところだが……。



「――ぷっ」


「…………今度はなんだよ」



 券売機の『高校生』と書かれたボタンを押したのと、加納が堪えきれずに噴き出したのはほぼ同時だった。


「なに……そのっ、財布……。ふふっ、アレじゃん。ビリビリ財布じゃん。ださっ。部屋の掃除したときに机の裏から出てくるやつじゃん。ふふっ……、ださっ」


「ほっとけや」


 腹に手を当て、必死に笑いをこらえる加納。鳴海たちに聞こえないからって馬鹿にし過ぎではないだろうか。まあでも確かにこの財布……小学生の頃から使ってるんだよなぁ。まだ全然使えるし捨てるのも忍びないから使っているんだが……。


「物を大事にする男はモテるって言うだろ……」


「それはイケメンの人に限るんだよ? 陽斗くんはちょっと……アレだから」


 加納は哀愁を漂わせる声音でそう言って、遠くの方を見ていた。


「視線を逸らすな……。え、てか俺の顔ってそんなにダメなの?」


 思わず心配になっちゃうくらいには哀愁を感じた。冗談抜きで俺の顔って不細工なんだろうか……。うっかり素でそんなことを聞いたら、加納が俺の肩に手を当て「大丈夫だよ。整形すればなんとか」と言ってくれた。そうか、その手があったか!


 加納の言葉に感動した俺は二人分のチケットを購入。そのうち一枚を加納にひったくられた。どう考えてもこいつの方が金持ってるはずなのになぁ……。


「さっ、行こっか?」


 明るい笑顔でそう言う加納。ここまで白々しくて図々しい女は人類数多しと言えどもかなり珍しいに違いない。もうお前が展示されちまえよって話だ。ちょうどゴリラみたいな性格だし、動物園に置いてけねえかなこいつ……。


 そんな下らないことを思いながら、俺たち二人は鳴海たちと合流する。


 加納の元気の良い声に合わせて俺たちはいよいよ水族館へと入ることになる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 財布、財布〜。 加納ってマジで可哀想な女に思えてきた! でも主人公にだけなんだよね。
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