行き先を決めよう
さて、作戦開始とか言われると困るのは俺だ。
なぜかといえば、今から始まるのは俺と加納の擬似デートであり、いつぞやの加納の発言にもあった通り、ここからは俺のデートプランやエスコートによって作戦が進行していくからで。
もちろん、俺がマトモなデートプランや進行表を計画しているわけもなく、ただ漠然としたデート内容を頭の中で用意しているに留まる。
つまり、ここから先どうすればいいか、どうデートを進めていくか、デートを指揮する俺がまず分かっていないということだ。
「じゃあ陽斗くん、どこ行こっか?」
ああ、出た出た。加納の営業スマイル。めちゃくちゃ可愛いけど俺は騙されないゾ! きっと心の中じゃ「さっきからずっと外にいて暑いんじゃボケカス、早く涼しい場所を提案しろや童貞」とか思っているに違いない。加納の口が悪すぎる。
まあ実際ここに長居する意味はなかった。意を汲むことに定評のある俺は早速口を開く。
「そうだな……。じゃあ映画とかどうだ」
「……え?」
加納が驚いたような顔で俺を見る。
「なんで映画館なの……?」
次いで怪訝な面持ちで俺に問うた。あれ、おかしいな。こいつの心を先読みして、涼しい映画館を提案したつもりだが、どうやら反応を見るにお気に召していないらしい……。なぜだ。
――いや待て。もしかして俺の心を既に読んでいるのか、こいつ!?
「いや、それは、そのっ、お前とデートしたくなさ過ぎて……とかじゃなくて。いやその、映画館なら二時間話さずに時間潰せるなぁとか、ゆっくり寝れるなぁとか、なんなら途中退出してそのままバックレてもいいなぁとか思ってるわけでもなく――痛い痛い痛いっ!」
「ちょっと陽斗くんこっち来ようねぇ?」
太ももを千切れんばかりに掴んで離さない加納。犬山たちがポカンとしてる中、加納と俺は少し離れたところまで緊急避難する。
金の像の裏。ちょうどみんなの死角になっている位置までやって来た。
そしてみんなに聞こえない程度の声量で、加納は般若みたいな人相で俺に迫ってきた。
「……アンタ何考えてんのよっ!」
「いや、違うんだよ……。つい心の声が出ただけで……」
「心の声が出すぎなのよ! バックレていいわけないでしょ!」
ごもっともで。
「いや、悪かったよ……。でも映画館は悪くない提案だろ? カップルが行く定番スポットだ。なんで反論したんだよ」
そう反駁すると、加納は「はぁぁぁー」と魂全部吐き出してんじゃねえかってくらいデカいため息をついてから口を開く。
「映画館なんてダメに決まってるじゃない……。普通のデートならともかく、犬山君たちが私たちを観察できるデート場所じゃなきゃ意味ないのよ?」
「ああ、そうか」
「いまさら気付いたの……」
確かに。それは加納の言うとおりだ。普通のデートならともかく、今回のデートで映画館は不適格な場所だ。加納とのデートが嫌すぎてそこまで考えが回らなかった。
なるほど。では考えを改める必要がありますね。映画館がダメとなると、加納とデートする以上俺的にはどこへ行こうが一緒だ。どこへ行こうが地獄だっ☆
「今度はちゃんとしなさいよ。次に意味不明なこと言ったらぶっ飛ばすから」
「ああ、はいはい。分かったよ……」
ホント可愛くねえなこいつ。乳もげろよ。マジで。
気を取り直してみんなの方へと戻る。心配そうな表情の犬山が声を掛けてきた。
「大丈夫っすか? 二人とも」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「ごめんねっ。陽斗くんが急に、その……。我慢できないって言うから……」
「おい」
加納が頬を赤らめて、もじもじしながら俺のことを見る。こいつ……。なに誤解としか取れない発言してんだ。我慢って何をだよ。パッと二つくらい思い付いたが、どちらにしても最低だった。
まあ冗談はさておき。本当にどうしたものか。
皆の前に戻っては来たが、具体的なデート場所を思いついたわけじゃない。
例えばカップルの定番デートプランとなると、カラオケだったりドライブだったり遊園地だったりするわけだが、カラオケは映画館と同様の理由で却下だし、ドライブは免許が無ければ実行すら不可能、遊園地はこの付近に目ぼしい施設が無い。
「うーん……」
俺たちの住んでいる街は典型的な地方中心都市であり、駅前はそこそこ栄えているが、高校生が遊びに行くような場所といったらこの辺りでは映画館の他にカラオケくらいしかないのだ。
少し駅から離れれば田園風景とシャッター街を拝むことができるが、そんなところへ行く意味もないし、そもそもすることが無いだろう。
私鉄の電車を使えば少々離れたところへ行けるものの、小回りは効かないし電車賃もかさむ。バイトをしていたりそこそこの小遣いをもらっているのであれば話は別だが、俺のような金のない高校生にとってそういう金銭事情は大事な話だ。
他に思いつくのは近くの大型ショッピングモールくらいだが、そこでデートらしいデートを出来る自信はないし、ショッピングをする程の金も持ち合わせていなかった。
考えれば考えるほど最適解が分からない。
「他には……そうだな」
考えが煮詰まる。ちくしょう……、ゲームだったら選択するだけでいいんだよなぁ。
しかしこれだけ考えても行先が決まらないのは最早俺のせいではなくて場所のせいではないだろうか……。いやマジで。マジで何も無いんだもん。この辺り。さすが地方都市。ちなみに居酒屋だけは死ぬほどある。……もしかしてここって田舎なのん?
「あのー、いいっすか?」
思考を巡らせていると、犬山が若干遠慮がちに手を挙げた。
「もし、どこへ行くかとか決まってないんなら、いっこ提案があるんすけど」
そう言って犬山がポチポチとスマホを操作する。
「……ここから電車とバスを乗り継いで三十分くらい行った先に水族館あるじゃないすか? あそことかどうっすか?」
「水族館?」
言われて思い出す。確かにバスを乗り継げば水族館がある。
小さい頃、よく家族で行ったことのある水族館だ。観覧車や大型遊具のある公園が隣接しており、ちょっとした屋台や水遊び場、バーベキュースポットなんかもある大型のレジャー施設だ。
「あそこなら、デートって感じがしてピッタリだと思うんすけど!」
「まぁ……確かに」
犬山がなぜかキラキラした眼差しで俺を見る。おいお前、それ行きたいだけだろ絶対。
水族館かぁ……。正直魚なんて見ても面白くないと思うんだが……。
アレだ。俺みたいな捻くれた人間は、水族館に行っても泳いでる魚を食えそうかどうかでしか話を広げられないタイプなので、水族館デートなんて行ってもつまんないと思うのだ。
言っちゃなんだが、所詮、魚は魚である。
魚が泳いでるのを見て「うわー、すごい! 泳いでるー」とか感動してるカップルをよく見かけるが、何に感動しているのかまるで分からない。魚なんだからそりゃ泳ぐだろ普通、ってツッコみたくなってしまう。
他にもクラゲとか見て「きゃー、キモカワイイー」とか言ってる奴をよく見かけるが、マジで意味が分からない。キモカワイイってなんだよ。六文字だけで矛盾するなぶっ飛ばすぞ。
「陽斗くんはどう思う?」
しかしまあ、反論の余地はなかった。
今回のデート場所としては悪くない選択だ。
「そうだな……。そこにすっか」
電車代やバス代はかかるが、水族館の他にも色々とレジャー施設があるから、回っている間にかなり時間をつぶすことは出来るだろう。結果的にお財布にも優しい選択と言える。ていうかそういう意味でむしろ良い選択である。
「決まりだな」
かくして、デートの行き先も決まった。
デート作戦は、いよいよ実行されるのみである。