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擬似ダブルデート

 駅前。金の像広場。


 雲一つない快晴にカラッとした風が吹く今日は絶好のお出かけ日和であろう。


 現に広場には多くの若者やら家族やらが集まっており、広場の中央にある水遊び場では小さな子供たちが吹きあがるミストにキャッキャしていた。


 腕時計は午前九時半を指している。時間通りだ。


 辺りを見渡す。



「柳津!」



 と、広場の隅にある木陰のベンチの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。遠くからでも聞き取りやすい、よく通る声だ。

 

 この声は犬山のものだろう。別に全然彼とは仲良くないのだが、自分の名前を誰かに呼んでもらうってちょっと嬉しいなぁとか思ってしまう。これは陰キャの性である。


 ベンチの方へと駆け足で向かう。すでに役者は勢ぞろいのようだ。


「陽斗くん、遅いよ?」


 その場に着くとやはり加納が俺に突っかかってきた。めちゃくちゃ笑顔なのに今日もこいつの目は笑っていない。こいつの目が笑っているところを俺は見たことがない。


「時間通りだろ……。遅れてはない」


「五分前行動って知ってる?」


「小学生か俺は」


 あいっかわらず何かといちゃもんを付けてくるなこいつ。もしかしてクレーマーか何かなの?


 うぜえなと思いつつ、ベンチに座っている残りの役者たちにも声を掛ける。


「よう」


「おはよー、柳津さん」


「よっ柳津! 今日はよろしくな! マジで!」


 小牧と犬山、小さく笑って挨拶を済ませる。



 ――一つ意外だったのが、小牧の横には鳴海も座っていることだった。


 今回の計画において、鳴海は特に出番とか無いはずだったが……。



「鳴海まで……どうして来たんだ?」


「……うん。今日は、手伝えることがあったらと思って」


 そう言って鳴海は慣れない愛想笑いをするかのようにぎこちなく笑う。心なしか元気がないような印象を受ける。どうした……? ちゃんと朝飯食ったか?


 まあボランティアとはいえせっかくの休日にこんなクソしょうもないイベントに参加するのだ。元気の一つや二つ無くなって当然だ。『うわぁーっ、休日に予定が入って力が出ないぃー……』ってやつだ。もうホントにね。早くここからバイバイキンしたい。


「全員集まったから、今日の活動の説明をするねっ」


 憂鬱な気持ちになっていると、表モードの加納が朗らかな声で俺たちに呼びかける。


「まず事前に説明したとおり、犬山くんと小牧さんには私と陽斗くんのデートを見てもらいます。……デートといってもフリですけどっ」


 そう言って加納は俺の方をちらっと見て「ふふっ」と笑う。犬山がそれに反応して小さな声で「可愛い……」とか言っていた。おい、大丈夫かお前。彼女の前だぞ? 小牧に聞こえたらどうすんだよ。


 それに今の笑いは別に可愛くもなんともなく、ただ俺を嘲笑っただけのことである。俺は賢いからなんでもしってるんだ!


「そして! 今回来てもらった莉緒ちゃんには、犬山君たちに付いてもらって適宜アドバイスをしてくれたらって思いますっ」


「アドバイス、ってなんすか?」


「……まあアレだ。俺たちのデートの内容の咀嚼役ってことだろ。デートの全部を見てもどこを参考にすればいいか分からないと思うから、そういうのは鳴海に聞いてもらえればいい」


 例えば俺が加納に制裁を加えられている場面とか、な。そんなのを参考にしてはいけないということだ……。いや、まあ。そんなことくらいさすがに分かるか。それに加納も犬山たちの前では露骨にそんな事したりしないとは思うし。あくまでも鳴海はオブザーバー的立ち位置というわけだ。


「二人には今日のデートを見てもらって、カップルっていう存在を肌で感じてもらって、今後のデートに役立ててほしいなって思っています!」


 そう言って加納はくしゃっと笑う。つまるところ、ちょっと特殊なダブルデートとでも考えてもらえればいい。


「何か質問はありますかー?」


「……はい」


 加納の問いに小さく手を挙げているのが一人。小牧だ。


「なにかな?」


「あ、そのー……質問とかじゃなくて、確認事項みたいなものなんですけど……」


 小牧はそう前置きすると、加納の次に俺の方へと視線を向ける。


 その思わぬ視線にびくっとなる。彼女の表情はどこか固い。え、なんですか……。


 戸惑っていると彼女の口が開かれた。




「……二人は、付き合ってないんだよね?」




 ――衝撃的な発言だった。




 瞬間、その場にいた誰もが彼女の問いに反応できなかっただろう。


 小牧陽菜は真っ直ぐな視線を加納にぶつけている様子だった。


「はい……?」


 ていうか、え、なに? 付き合ってる? 俺と加納が?


 そんなことを言われたもんだから一瞬想像してしまった。俺と加納の未来予想図。加納から愛してるのサインなんて来るはずもなく、思った通りには叶えられない俺の願い。おい全然幸せじゃねえじゃん俺の未来。


「あははっ……。そんなわけないよー。陽斗くんと私は『お友達』だよ?」


 ひきつった笑顔で答える加納。即興にしては悪くない返事だ。まあ友達ではないんですけど。友達どころか知り合いであることを恥ずるレベルだ。


 加納にばかり負担を与えるのも悪いので、俺からも一言追加しておこう。


「付き合ってないぞ、小牧。俺は優しい女の子が好きだからな」


「そうなんだ。え、それってどういう――」


「――陽斗くん?」



 ……あ、やべえ。加納に睨まれてる。



「いや、そのなんだ……。言葉の綾だ。……アレだ。今のは俺の好きな女子のタイプを言っただけで、決して加納が優しくないだとか暴力を振るうだとかゴリラだとか、そういうのでは決してない!」


「あ、うん……。分かったよ……」


 小牧が少し戸惑った様子ながらも俺の釈明に理解を示してくれた。あっぶねぇ……。危うく加納のことを優しくないだとか暴力振るうだとかゴリラだとか言うところだったわぁ……。


 俺が冷や汗を拭っていると、俺たちの反応に納得したのか、小牧は小さく笑って礼を告げた。


「他に質問はないかな?」


 加納の問いに応える者はいない。




 少しの間と咳払いを挟んで、加納が声高らかに宣言する。


「じゃあ始めよっか。デート作戦!」


 その言葉を号砲に、俺たち五人は互いの顔を見合わせる。




 デート作戦……。どう考えても不安でしかない作戦が幕を開けた。


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