ドレスコード
「兄ちゃんのファッションセンスって絶望的だよね……」
遥香が何かを諦めたかのような顔で俺を見ていた。そんな目で俺を見るな。
だが彼女の言うとおり、どうも俺にはファッションというものが理解できていないらしい。……というか理解しようにも理解できないのだ。これを着ればおしゃれだとか正解だとか、そういうのがないからマジで理解不能。パリコレ見た日は憤死するかと思ったレベルだ。
「それでデート行くの、やめた方が良いよ……」
「お、おう……」
妹からのガチ忠告だった。なんだか加納に服装を否定されたときよりも胸が痛む。
うーん。そこまで言われるとさすがに自身の恰好が気になってしまう。加納との擬似デートだしこんなんでいっか、と確かに適当に選びはした。が、そこまで言われるとちょっとねぇ……。俺のファッションセンスってそんなにやばいん? ってなってしまう。
「はぁ……。しょうがないな……」
リアルに凹んでいると遥香が大げさにため息をついて見せた。
「兄ちゃんの部屋行くよ」
そして遥香は俺の胸ぐらを掴む。一緒に来いということだろうか……。その前に掴む場所おかしいだろ、普通腕だろ腕。
「え、なんで?」
「なんでって……。その恰好で外に出たら犯罪だから」
「犯罪なのか!?」
おいマジかよ。俺の恰好ってそんなに卑猥なんですか?
「つーか、おい……。俺の部屋行ってどうするつもりだ?」
「いいから来て」
ギロッと睨む鋭い視線。は、はい……。お供させて頂きます……。
二人でリビングを出てそのまま二階へ。
俺の部屋に何のためらいもなく入った遥香。一通り部屋を見渡して、小さく鼻を鳴らすと、そのままクローゼットの方へと近づいていく。
ガラリ、と戸棚が開かれる。地上波初公開だった。
「…………なにこれ。絶句なんだけど。マトモな服一枚もないじゃん」
「うるせえよ……。ていうかお前絶句の意味って知ってる?」
「黙って。兄ちゃんに今発言権とかないから」
「…………」
はぁ、そうですか……、と言うことさえ憚られる。思ったよりお怒りのご様子で……。思わず俺の方が絶句した。
かくして遥香によるクローゼットの物色がスタート。――これはゴミだとか、雑巾行きだとか、リサイクルショップでも売れないだとか、大変失礼なことを散々言ってくれた。思わず泣きそうになっていると、目の前に紺のカラーシャツと黒の長ズボンを差し出される。
「はい、コレ着て。インナーはそのままでいいから。ていうか今着てるの下着なんじゃないの? マジありえないんだけど」
「さすがに下着じゃねえよ……」
反駁しつつ、遥香から服を受け取る。
「夏なのに長ズボン履かなきゃいけねえのか……? 俺半ズボンの方が良いんだけど」
「うるさい。次口答えしたら、そこにあるゲーム機ぶっ壊すから」
「……すぐに着替えます」
遥香が部屋を出たのを確認してから用意された服装に着替え直す……。なんで上に二枚も着なければいけないのだろうか。一枚で良くね?
まあファッションセンスに関して言えば俺の常識が無さすぎるだけなんだろうな。よく分からんけど。こういうのってみんなはどこで覚えるんだろうか。俺が必死こいて英単語を覚えている間に、イケイケグループの連中はコーディネートの一つや二つ覚えていたに違いない。ちくしょう。そして英単語すら中途半端な俺は一体……。
そんなことをグダグダ思いながら、とりあえず着替え終わる。
鏡で全身を確認。まあ確かにこっちの方が爽やかに見えるのかもしれん、けど……。やっぱりよく分からん。ファッションは本当によく分からん。
部屋を出ると遥香が待ち構えていた。
「……うん、まあ。これなら外に出てもいいよ」
「そうですか……」
俺の恰好に満足した様子の遥香。再びため息をこぼしてリビングの方へと戻っていく。
あいつなりに、俺のことを気にかけてくれたんだろうか。
「――遥香」
階段を下りていく遥香。そんな妹の背を見ながら、俺は彼女にかけるべき次の言葉を探す。
まあ色々とうざったいところもあるし、正直気に食わない奴ではあるが。
時折見せる優しさと親切心。
面倒くさがりながらも、俺のことを助けにきてくれた遥香は、どこか頼もしく思えて。
「まあ悪い奴じゃないんだよな……」
だから今は、感謝の言葉をかけてやりたい。
「ありがとな」
「――うっさい。死ね」
遥香は振り向くことも無く、リビングの方へと消えていった……。おいなんで死刑宣告されたの俺?
妹なりの愛情表現、あるいは照れ隠しだと思いたいところだが、どちらにせよ『死ね』と言われて良い気分はしない。というかたぶんどちらでもない。ただ単に、死んでほしいと思われただけだろう。なにそれ。ひどすぎる。
「…………はぁ」
ため息をついてから思った。この程度の毒舌、最近はもう慣れてしまっている。
原因は明白だ。妹以上に俺の人格を否定する奴がいるせいだ。本当に慣れって恐ろしい。あるいは俺の精神が屈強過ぎるだけかもしれない。
まあなんだっていいんだが。とにかく今は、目の前の課題に取り組むまでだ。
「いってきます」
玄関の扉を開ける。リビングには聞こえる程度の声量。返事はもちろんない。
肌に刺さる夏の暑さを感じながら、俺は息を整えてから駅の方へと向かった。




