幼なじみカウンセリング
「なにキモいこと考えてんのよ……!?」
「痛い痛い痛い……いいから放せって。それより『任せる』ってなんだよ……」
話を戻そう。目で答えを促すと加納は彼らに聞こえない程度の小さなため息をつく。
「だって恋の仕方とか言ってるし……。私に分かるわけないじゃない。恋愛したこと無いのよ私?」
「なんでそんな偉そうなんだよ……。つーか恋愛経験無いって俺も一緒なんですが……」
二人そろって役立たずだった。
「そういう意味じゃ、この相談は鳴海に頑張ってもらうのが得策なのかもな……。一応鳴海は恋愛経験者だし」
結局のところ、こういう問題は俺と加納とでは手に負えないのである。実際に恋愛をした者にしか分からない相談事というか、リアルな恋愛事情と言うか、そういう感じのやつ。
うちの高校の恋愛事情はどうやら特殊な上に凄惨なものらしく、恋愛相談部にやってくる訪問者の大半は「浮気」だの「復讐」だの「抹殺」だのと口走る。そういう恋愛相談もとい復讐計画みたいな話ならば俺と加納はむしろ大得意なんだが、ごく少数のケースでこういうピュアピュアな話が持ってこられると俺たちは黙る他ない。まあやっぱり役立たずってことなんですけど。
「そうね……ここは莉緒ちゃんに任せましょう」
普段は俺のことを童貞だとか陰キャだとか罵る加納も、純粋無垢な相談の前では俺と土俵が一緒である。つくづくこいつは残念だなと思わずにはいられない。ほんとに。
まあ方針は決まった。
俺は肘で鳴海を小突くと、耳打ちで要約だけ彼女に伝える。
「すまん……俺と加納は役に立てん。この相談は鳴海が引き受けてくれないか?」
我ながら情けないセリフだった。早く恋愛相談部辞めたいなと思いました。
鳴海からの返事を待つ。すると、彼女が苦笑いを浮かべて困ったような表情であることに気付いた。
「……どうした?」
「ごめん、柳津くん……。それはちょっと無理かも……」
「え、なんで?」
問うが鳴海からの返答はない。……ん? あれれ? 様子がおかしいですね。思わずこちらも首を傾げてしまう。俺と加納が話し合っている間に何が起きたというのか……と、視線を感じたのでそちらの方を見る。
犬山と小牧が俺のことをめちゃくちゃ見ているのに気付いた。
不気味な笑顔である。なんだろう。もう嫌な予感しかしない。
「なんでしょうか……」
「いや、柳津に会えてよかったなぁと思ってな……!」
「おう……? そりゃどうも……」
なぜ俺は感謝されているのか……。
俺を見る二人の眼差しがキラキラと輝いている。期待に満ちた眼差しだ。
いや、まさか……。
感謝されるようなことをした覚えはないが、ひとつ最悪のケースとも言える答えが俺の中にはあった。というかそれしか考えられない。
再び視線を鳴海に向ける。彼女の表情の意味が分かった気がした。
「お前、もしかして話したのか……? 俺のこと。――『恋愛マスター』のこと……」
「…………うん、ごめん」
おいマジか。……おい、マジかよ。
「柳津、お前って恋愛事情に詳しかったんだな! だからこの部活にいたのかっ! いやぁ、納得だわー。柳津だけ場違い感があったから、鳴海さんに色々聞かせてもらったら……そういうことか!」
「柳津さん……だっけ? 恋愛マスターって言われてる話を莉緒に聞かせてもらったよー。すごいんだねっ!」
「ははは…………。どうも」
愛想笑いになっているかも分からぬ乾いた笑い声がこぼれる。通りで二人の俺を見る目が変わったと思った。あれはもう完全にときめいているときの眼差しだ。俺のことめちゃくちゃ恋愛できる人だと思ってるやつだ!
どうしよう。このままでは相談を俺が引き受けることになってしまう。なんとか外面は愛想笑いを浮かべているが、内心ではめちゃくちゃ焦っている。どれくらい焦っているかって、犬山の余計な一言にツッコミを入れられないくらいには焦っている。
くそっ、こうなったらやむを得ん。
俺はため息を零すと、隣の爆乳に視線を向ける。
手段は選んでいられない。俺の自己保身のためだ。
――今から俺は、こいつを駒にする。
そうだ……。俺一人だけ苦労するくらいなら、こいつを道連れにするに決まっている。俺が苦しんでこいつだけが助かるだなんてあってはならないのだ!
「加納、そういえばお前も恋愛経験豊富で――」
「――やだな、陽斗くんっ。私は全然だよ? 陽斗くんの方がよっぽど恋愛に詳しいじゃん。これまでの相談も大活躍だったし!」
んがあっ、こいつ! よくもまあぬけぬけと……。
普段から嘘で塗り固めた仮面を被っているだけのことはあった。突き抜けるような爽やかな笑顔でそう言われた。おいこいつやっぱり前世詐欺師だろ絶対。
視線が合う。目が俺のことを馬鹿にしていた。
「…………くっ」
いいよ。分かったよ。もう分かった。
お前がその気なら、俺は受けて立つまでだ。
犬山と小牧の恋愛相談。俺が引き受けりゃいいんだろ。
伊達に恋愛マスターなんていう不名誉なあだ名を付けられちゃいない。最適解は見つけられずとも、二人を納得させる答えなら用意できるはずだ。
――恋愛相談が、始まる。