幼なじみトラブル
部室にやってきたのは一組のカップルだった。
カップル、というのは少し珍しい。
恋愛相談部にやってくるのは、悩みを抱えた一個人であることが多く、ここへやってくるほとんどの相談者が交際する前、あるいは交際しているが破局寸前みたいな人ばかりだからだ。
ではこれまでにカップルで此処へやって来た人たちは何を相談しに来たか……。それはもはや語るに値しない。例えば『最近付き合い始めたんだけどぉ、もうラブラブでぇー』みたいなクソしょうもない惚気を聞かされる。あれ、マジでやめてくんねえかな。聞いてるだけで苦痛なんだよね……。
詰まるところ、カップルでやって来た訪問者は基本的に地雷客であることがほとんどだ。現にこいつらも訳の分からない相談を持ち掛けてきた。
「彼女との恋の仕方を教えて下さい!」
「ちょっと言ってる意味が分かりませんね……」
思わず言葉が漏れてしまう。色々と説明の段階を飛ばし過ぎではないだろうか。そして俺が声を上げたせいで、犬山創太の注目がこちらに向いた。
「柳津だ……! 喋るところ初めて見た!」
「お、おう……」
満面の笑みで反応に困る話題を振ってくる犬山。そ、そうですか……。いやそんなわけないと思いますけど……。だって授業とかで当てられたら俺普通に喋るし……。初めて喋るの見たとか俺はオウムかよ。
「よろしくな!」
「よ、よろしく……な」
とりあえずオウム返す。俺オウムだからね。
威勢のいい陽キャの対応に困っていると、こちら側のなんちゃって陽キャも口を開いた。
「えっと……? もしかして陽斗くんの知り合い?」
「はいっ。俺は犬山創太っていいます! 柳津とは同じクラスで! な?」
「お、おう……」
な? とか言われても……。どう返すのが正解なんでしょうこれ。
そしてさらりと『友達』かではなく『知り合い』かどうかを聞いた加納の芸の細かさには毎度驚かされる。こういうとき、友達っていうほどの関係じゃなかったら確かに気まずくなってしまう。
俺に対する加納なりの配慮なのか、それとも俺に友達がいないことを前提としているのか。明らかに後者だろうが、残念ながらいずれにしても正しいとは言い切れない。だってこいつとは喋ったことも無いので知り合いかどうかも怪しいレベルだから。いやもうホント残念。何が残念って俺の交友関係が残念。
「ちょっと……」
と、少し不機嫌そうな声。それに犬山がハッと気付いたような声を上げる。
「ん、ああ、悪い陽菜。そうだったな」
犬山と共に現れたもう一人の訪問者……。
見たことの無い顔だ。つやのある短い黒髪とわずかに赤く染まる頬。きりりとした眉毛に攻撃的な三白眼が際立つ。しかし目鼻立ちは整っていて、一言でいうならクールビューティー的な印象を受ける。
春日井と印象は近いが、あいつはギャルなのに対してこっちは清楚なイメージを覚える。……別に春日井がビッチって言いたいわけじゃないよ?
とか思っていると、犬山の彼女さんと思われる人物が再び口を開いた。
「ここまで来たんだから、ちゃんと相談しようよ?」
「そうだな……。ごめん、陽菜」
「……もうっ♡」
うーん、前言撤回。クールビューティーでもなんでもねえわ。
彼氏の前で甘い声を出す彼女。その様子は飼い主のことが実は大好きでたまらない猫のようである。……てかこれ何を見させられてるんですかねぇ。
生暖かい目でその様子を見る他ない。
なんだこいつらと思っていると今度は鳴海が声を上げた。
「陽菜ちゃん……?」
鳴海にしては珍しい、少し大きな声だった。
「? あれれー、莉緒? こんなところで何してんのー?」
「あっ、やっぱり陽菜ちゃんだよね。部活だよー。今は手芸部と掛け持ちしてるの」
「へぇー、そうなんだー」
「……なに、お前ら知り合いなの?」
問うと鳴海は頷いて彼女の方に手を伸ばした。
「小牧陽菜ちゃんだよ。中学の時から一緒なの」
「初めまして、小牧陽菜ですっ」
紹介を受けた小牧。俺らに向けて一礼すると、少し申し訳なさそうな表情を作る。
「ごめんねー、もうすぐ帰るっていう時なのに」
「ううん、それよりびっくりだよ……。陽菜ちゃん、彼氏さんいたんだね?」
鳴海がそう言ったのを聞いて、小牧は乾いた笑い声を上げる。
「あははっ……、実は、そのことで相談があるの」
「そういえば『幼なじみ』がなんとかって言ってたね……?」
「……そうっす。変な話なんすけど、俺と小牧は幼なじみなんです」
鳴海と小牧の会話に、犬山が割って入る。……いや別に変な話ではないと思うが。
心の中で軽くツッコミを入れていると、今度は加納が口を開いた。
「幼なじみで……二人は付き合ってるの?」
「はい、俺らが付き合い始めたのはつい二日前のことっすね」
そう言って犬山は改まった表情で俺たちを見る。
「そこで相談なんです。幼なじみの俺たちに、恋の仕方を教えてほしいんすよ」
ふむ……。ああ、なるほど……。なるほどね。
――さっぱり分からん。
え、どういうこと?
相談の意図も内容もまるで分からない。今のところ何の説明にもなっていない。そもそもこいつらに相談の必要があるのかさえ不明だ。
「えっと……どういう?」
鳴海が困ったような声を上げる。無論、俺も黙りこくるしかない。――と、隣から小さな声が聞こえた。……お待たせしました。加納によるドキドキ耳打ちタイムのお時間です。鳴海が会話を取り持ってくれている間に作戦を立てる算段なのだろう。
「んだよ」
「……ここは任せるわ」
「は? なに? どういうこと?」
こちらも耳打ちで問うと加納が少し恥ずかしそうな表情で俺を見る。ふん……。わずかに赤らむその表情はどこか扇情的で、こいつの中身がゴミカスだということをつい忘れてしまいそうになる。
ただでさえ可愛い顔がこんなにも近いのだ。紳士と名高い俺とて男の子である以上反応せざるを得ない。いや落ち着け。落ち着くんだ俺。とりあえず、目の前にある物でも数えて落ち着こう……。よし。行くぞ? ――おっぱいが一つ、おっぱいが二つ……。っておい。ダメじゃん。失敗じゃん。おっぱいは二つしかないから全然落ち着けなかったじゃん。ちくしょう……やっぱりおっぱいは罪深いぜ……って痛い痛い痛いっ! ごめん、悪かったって! 腹つねんな腹っ!