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ひとめぼれ

女子と喋るとなんでキョドるんだろうね。

 加納琴葉かのうことは


 成績優秀、眉目秀麗、スポーツ万能……。彼女の功績は嫌でも耳に入る。忠節高校の入学試験では堂々の一位をかっさらい、学内スポーツテストでは女子部門全校三位という好記録を叩き出した、まさに忠節高校の掲げる『文武両道』を地で行くやばい奴。


 おまけにこのルックス。特徴的なその大きな瞳は、見る者すべてを吸い込んでしまいそうな気迫さえ感じる。あと胸もデカいし……。なんならそっちに視線が吸い寄せられる。


 自信をもって友達と言える存在が智也しかいない俺でさえその存在を知っている、まさに学内アイドルそのものが彼女、加納琴葉である。


「こんにちは」


 明るい声が耳をスーッと通り抜けるように響いていく。なにこれ。ASMR?


「こんなところで何してるの?」


「あ、ええと……。入部届を出しに来たんですけど、職員室空いて無くて」


「今日は職員会議だから閉まってるんじゃないかな?」


 やっぱりそうか……。ここまで来たのは骨折り損だったようだ。別に骨折り、って程じゃないけど。ていうか骨折り損ってなんだよ。それもう損じゃねえよ、ただの骨折だよ?


「…………」


 それにしても、あの加納琴葉がここにいるとは驚きだ。


 学内ヒエラルキーの頂点に君臨しているであろう彼女。廊下でたまに見かけることはあるが、常に男子と女子の入り混じった取り巻きがいる。それも数人。まるで彼女を守るかのようにだ。あいつらSPか何かである。


 常に誰かと行動しているところしか見ないので、彼女が一人こうして俺の目の前にいることには新鮮ささえ感じられる。


 それほど彼女という存在はどこか遠いイメージがあり、偶像か何かだと思わずにはいられない。……そりゃそうだ。こんな可愛いんだから。


 無論、浮ついた話もよく聞く訳である。この学校に入ってまだ二カ月だというのに、もう十数人から告られているとかなんとか。しかもそのすべてを悉く断っているとかなんとか。モテすぎだろこいつ。


 だが、彼女を見た瞬間理解した。


 それだけモテてもおかしくはない、と思えるほど彼女は可憐だった。



 ……いるんだよなぁ、こういう奴。



 顔がよろしいだけに取り巻きがどんどん増えて、高嶺の花感もマシマシになってる奴。


 顔は十二分に可愛いし、態度も評判も良好。こんな人とお近づきになれるなら、それだけでステータスになってしまうというか。一緒に居るだけでプラスなことばかりというか。


 俺、こいつと友達なんだぜ? っていうだけでなぜかそいつもすげぇ奴に見えるという謎の現象。あれ何なんだろうな。


 まあだからこそ、それなりの近づきにくさというか、威圧的なオーラのようなものを感じてしまうのだ。


 加納琴葉は学校一の美少女と言っても申し分ない学内カースト頂点の生徒。

 そんな彼女と俺が出会ってしまえば、必然的に俺はこうなる。


「じゃ、じゃあ俺はこの辺でっ」


 上ずった声。額から出る大量の汗。そして気色の悪い固まった笑顔。


 陰キャの呼吸――壱の型。過呼吸。どんだけ緊張してんだよ俺。


「ねえねえ」


 そそくさと退場しようとする俺の背中に声がかかった。


「入部届出しに来たんだよね?」


「え、まぁ」


「へぇ……。今日提出する人なんて驚いた。みんなもう出してる人ばかりだから」


「なんか、まずいのか?」


 俺がそう言うと、彼女は明るい笑顔を見せた。


「ううん、違うよ。ちょっと意外だなぁって」


 意外と言えばそれはこっちの台詞である。あの加納琴葉が俺なんかと会話をしているのだから。こんな場面を『加納琴葉親衛隊』にでも見つかったら殺されるに違いない。いやまあ、そんな部隊無いんですけど。


「部活が有名な忠節高校で、入部届を最後の最後まで出さないなんて」


「まあ、それはそうだな。俺、もともと入部する気なかったから」


「へぇ、そうなんだー。それで何部に入部するの?」


 俺は言葉を返す代わりに、手に持っていた入部届を彼女に渡す。


「自然科学部……。あぁ、なるほど。いかにもって感じだね」


 おい……。いかにもってどういう意味だこの野郎。なんだか馬鹿にされた気分じゃねえか。あっ……、いや。違うんです。言葉の綾です。別に俺は自然科学部を馬鹿にしたりはしてないです。


「名前は……。柳津、陽斗……くん」


 重々しく自分のフルネームを言われるとこちらもキョドってしまう。なんだか判決を言い渡されている気分だ。主文は被告人を死刑に処すというところだろうか。なんでだよ。


 加納さんはしばらく俺の入部届をじっと見ていた。そんな見んでも面白いことなんてどこにも書いてないのに。


 しばらくして、加納さんが口を開く。


「……そうだっ、自然科学部で何かしたいことでもあるの?」


 ――ないですね。これっぽっちも。


「したいこと、か。人類の科学的進歩に貢献すべく、科学の勉強をするつもりだけど」


「絶対嘘じゃん、ふふっ」


 そう言って彼女は微笑んだ。本当に可愛い人だな、加納さん。


 ……うん、マジで可愛い。


 そう思った瞬間、俺の心の中にあたたかなモノがあることに気付いた。

 不覚にも俺は彼女に好意を抱いてしまったのだろうか。


 いやいや、まさか。


 自分の胸に聞いてみよう。胸に手を当て自問する。


 ドクンドクンと、跳ねるような律動を感じた。……んん、なるほど。結果が出ました。




 どう考えても恋です。本当にありがとうございました。


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