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それでも大里智也は感謝している

「苦労するってどういうことだよ?」


「ははっ……、いやなんでもねえよ。――そのうち分かるよ」


「はぁ……」



 何言ってんだこいつ……。意味分かんねえよ。



 言いたいことがよく分からなかったので、とりあえず心の中で親友を馬鹿にしていると、智也が思い出したように「あっ」と声を上げた。



「それより恋愛相談部の方はどうだ? 上手くやってるか?」


「ん……、ああそうだな」



 問われて普段の部活動を思い返す。どうだと言われてもな……。これと言って智也に知らせるべき話は無い。


 だってね? 普段の恋愛相談部なんて、来客がなければ会話すらないんだから。いや、もちろん加納と鳴海の間に会話はある。会話がないのは俺と女子二人の間。傍から見たら俺がいじめられている構図にしか見えない。


 言うことも無いので黙っていると、智也は一変、やけにすました顔で口を開く。


「そういえば、先輩の件は本当に感謝してるよ。ありがとな」


「……なんだよ。急に。感謝されるようなことはしてねえぞ」


 そんなつもりではなかったが、少し突き放したような言い方になってしまう。でも実際、何も感謝されるようなことはしていない。部活動として相談者の悩みに応えただけに過ぎない。


 こいつの言う『先輩の件』とは、もちろん鳴海に関する一連の件のことだろう。


「まぁ、感謝するなら加納にしてくれ。俺は基本何もしてないからな」


「琴葉ちゃんか……。あはは……、それにしても、あの日は驚いたな。まさか琴葉ちゃんがあんな性格だったなんて」


 そう言って、智也は困ったような笑みを浮かべる。


「あぁ。あのときか。まぁそうだな」


 智也がこういう反応をするのも無理はない。加納琴葉は十全十美の学内アイドル――これは忠節高校全生徒の共通認識と言ってもいいだろう。そう言い切れてしまうくらい、加納琴葉という存在はどこまでも完全無欠を貫いている。



 だからこそ、智也にとってあの日の衝撃は大きかったようだ。



「……琴葉ちゃんって普段からあんな感じなのか?」


「ん、まぁそうだな。基本的には。といっても、俺と二人きりの時だけだが」


「陽斗の前だけで、あんな感じなのか?」


「まあ……、そうだな」


「二人きりの時だけ?」


「……あぁ」


「ふん、なるほど……。フラグ、か」


「何のフラグだよ」


 たぶん友情フラグとか恋愛フラグとか言いたいんだろうがそんなものは立つ気配すらない。俺と加納の間にあるのは常に死亡フラグだ。デッド、オア、ダイ。それどっちも死んでるっつーの。


 まあ冗談はさておき、加納の本性を知る者はこの学校にはほとんどいないようだった。入学から三か月。依然として加納の完璧超人たる評判や噂は絶えることがない。


 それはきっと、加納が守っている『何か』の表れのような気がして。


「まぁあいつはあいつなりに色々考えてるみたいだからな。前に言ったかもしれないけど、すまんがこの話は他言無用で頼みたい」


 別にあいつのことを擁護するつもりはない。何なら今すぐにでも加納の本性を全校に晒上げて、俺は部活からの脱出を試みたいくらいだ。


 だが、そうしないのは、俺が加納のことをまだ何も分かっていないからであって。


 加納琴葉という一人の少女のことを、俺はまだ何も知らな過ぎているからで。



 いつか見た、彼女の暗澹たる表情が引っかかっていて。




 だから――




「もちろん。恋愛相談部には本当に感謝しかないからな。先輩のために動いてくれたお前たちに、恩を仇で返す様なことはしねえよ」


「まぁそう思ってくれてもいいけど……。俺たちは鳴海のために行動したんだ。先輩のためじゃない。だからお前に感謝されることも無い。それだけは、言っておくからな」


「そうか……、それでも、感謝はしなきゃな」


 そう言って智也は小さく頭を下げた。あの日から一カ月弱。智也とこの話をするのは初めてではないが、未だに智也はあの先輩の事件を話題に挙げては、俺に感謝を伝える。


 あの事件は決して小さな出来事ではなかったが、それでも一カ月前と変わらずにあの事件と向き合い続けているのが智也だった。


「この前、先輩と話したんだよ俺」


「……そうなのか」


「あぁ、ちょっと遅れちまったけど。俺も言いたいことがあったからさ」


 そういえばこいつ、先輩に物申すとかやけに熱くなってたな。


「俺は鳴海ちゃんとは無関係だし、先輩の恋路に口出しするような立場じゃねえけど。でも陽斗が行動に起こしているのを見て、俺も自分の気持ち言わなきゃって思ってさ」


「……そっか」


 ある意味純粋無垢で、無駄に正義感が強い智也にとって、先輩の行為は許せないものだったんだろう。



 自分もまた、彼女を悲しませた直後だったから余計に。



「色々話したけどさ。先輩めちゃくちゃ反省してたよ。恋愛相談部のおかげで目が覚めたってな」


「……そりゃよかった」


「ああ。だから同じ部活のメンバーとして、友達として、俺からも感謝だ」



 そう言って智也はにかっと笑う。


 こいつはどこまでもまっすぐで、どこまでも純粋なんだなと思った。




 ――恋愛相談部によってある二人の小さな運命が変化した。




 それは彼らにとって納得できる幕引きだったはずだ。



 大団円ともいうべき二人の物語に、誰も文句をつける奴なんていなかった。



 でも、どこかほろ苦いその結末を、手放しで喜べない自分がいたのも事実だった。



 二人の行く末の顛末として、あれは本当に正しかったのかと、今でも時折考えてしまう。




 けれど――




「ほらっ、もうすぐ授業だぜ?」




 これでいい。これがよかったんだ。


 こいつの笑顔を見て、改めてそう確信できた気がした。


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