衝突、対峙、そして剣呑
「なっ――?」
鳴海は地面に勢いよく倒れ込む。そして嗚咽を上げる鳴海に、先輩は大声で叫ぶ。
『どうしてだっ! どうしてそんなことっ!』
『――先輩に、もう一度……振り向いて、もらうためにっ……』
『なんだよそれっ! ざけんなよっ!』
先輩は倒れ込んだ鳴海の胸ぐらを勢いよく掴んだ。何度も何度も激しく揺さぶる。鳴海の頭がそれに合わせて激しく揺れた……っておいおいおいおいこれヤバいだろ!? なんで先輩逆ギレしてんだよ……! 暢気に傍観してる場合じゃねえ……!
「ちょっとどこ行くの陽斗くん!?」
「いやどこ行くも何も助けに行くんだよ!」
「でも今行ったら――」
そこまで言って、加納が口を噤む。……ああ、そうだな。今俺たちが出しゃばっても、それこそただの部外者扱いだ。俺たちが二人に直接干渉する権利なんてないしな……。
でもこれはさすがに行かなきゃまずいでしょ……。見てみろよ先輩。なんかすげえキレてるよ。なんだよあいつ……。ジャックナイフかよ。
「私が行くわ」
「――え、なんで」
「私が二人を止めるわ」
「いや、お前はここに居ろって……」
立ち上がって茂みから出ようとする加納を両手で制止する。
「お前は先輩に正体がバレちゃダメだろうが」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「いいんだ。お前はここに居ろ。お前がここで出たら、今までお前が頑張って守ってきたものが無くなっちまうかもしれねえだろ……!」
西春斗真に加納の本性が露呈すれば、加納が今まで守り通していた面子が音を立てて崩れるかもしれない。先輩が加納の秘密を守る保証はない。
「とにかく俺が行く……! お前はそこで待ってろ」
加納が納得いかないとあーだこーだ言うのを尻目に、威勢よく俺は茂みから飛び出した。
先輩の方に向かって、俺は一直線に駆けていく。
走り出した足は止まることを知らない。
刹那に、先輩との距離は縮められて――
「うおぉりゃぁぁぁぁぁ―!」
「――!?」
渾身の体当たりが、先輩の体を鳴海の上から弾き飛ばす。
身体全体で感じる衝撃。
バランスを崩した身体は床に転げ、激しく全身を打った。
「お、おおう……。痛ぇ……。超痛ぇ……。おいおい、体当たりって威力低い技じゃなかったっけ……? てか俺にもダメージ入ってんだけどっ……」
ポケモンはすげえなぁとか思いながらゆっくりと立ち上がっていると、体当たりされた側の人物がものすごい形相でこちらに近付いていた。
「……痛っ。――おいっ! お前、誰だよっ!」
「あ、ど、どうも……。通りすがりの者です……」
「嘘つけっ! 誰だお前はよっ!」
いやまあ、そりゃそうなりますよね。いきなり体当たりしてくる奴なんて普通に怖いからね。――あと、先輩。俺たち一回面識ありますからね……。
「よう、鳴海。怖かっただろ。もう安心だぞ」
「柳津くん……!」
鳴海が泣きそうな顔でこちらを見つめていた。きっと相当怖かったに違いない。男の人に罵声を浴びせられるなんて……。俺だって怖いもん。
兎にも角にも、早く鳴海を助けないと……。
「いいか鳴海。お前は早く逃げろ」
「で、でもっ……!」
「俺がやられる前に逃げろ! あんまり時間とか稼げねえんだよっ!」
「やられちゃうんだっ――!」
そうです、やられちゃうんです。だって俺、喧嘩とかしたことねえし……。
西春先輩は何が何だか分からないといった様子で俺たち二人のことを見ている。先輩は俺たちの関係性を知らない。当然の反応だった。
「お前ら、どういう関係だ」
怒りと焦りが入り混じったような声。鬼気迫る表情の先輩がそこにはいた。それはまるで鬼の形相である。……たぶんこの人俳優とか向いてると思う。殺人鬼とかの。
「どうもこうもないっすよ。強いて言うなら協力関係ってとこですかね……」
とりあえず律義に答えると、先輩の表情がくいっと引きつった。
「何言ってるのかさっぱり分かんねえけど、お前らグルってことだよな? よくもやってくれたなぁ、おいっ!」
「ひぃっ……!」
いや無理無理無理無理……。喧嘩とかマジ勘弁なんですけどっ……。
残念なことに俺にはラノベ主人公特有の『キレたら強い』みたいな特性とかはない。どちらかと言うとこういう場面は漏らしちゃうタイプ。だから喧嘩とかはマジ勘弁。
そうだ。喧嘩なんて反対に決まっている。ここは冷静に、落ち着いて、喧嘩以外の解決法で模索していこうではないか。
「ぼ、暴力とかはやめません……?」
他でもない、先に暴力を振るった俺がそう聞いていた。
「…………」
ああ、これダメだわ。もう話し合いの余地とかないわ。先輩無言で近づいてきたよ……? 怖い怖い怖いって。近い近い近い近いっ――! 胸ぐら掴まれてるっ! やばいやばいやばいっ! 殴られるっ!
「ぼ、暴力は良くないと思いますっ!」
「お前が言うんじゃねぇっ!」
先輩は既に右腕をこれでもかというくらい振りかぶっていた。あんなのを勢いよく繰り出したら顔吹っ飛ぶんじゃね? ヤバいよそれ。それ俺明日からカオナシになっちゃうんじゃね……?
――とかどうでもいいことを考えられるくらいには心の余裕があっても。
先輩の振りかぶった拳が俺に襲い掛かるのは避けられない運命で……。
「柳津くんっ……!」
――悲痛に放たれた鳴海の叫びも、意味を成すことは無くて。
――一瞬で突き出された拳を間近で見ていて。
――ついに、
――俺は……。