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恋愛が分かるということ

 プラン通り、二人のデートはなぞられていった。


 駅前のカフェでランチを済ませた後、近くのショッピングモールに入る。ブランド物の雑貨を見て回り、ゲームセンターでクレーンゲームの商品が取れるかに一喜一憂。ペットショップでかわいい生き物たちに囲まれ癒されて、おしゃれな服を試着しては感想を言い合う。話題の映画を見て感動して、疲れたらおしゃれなカフェに入ってパフェなんかに舌鼓を打つ……。


 そんなこんなしている中、鳴海はずっと笑顔を崩さなかった。


 二人の会話は途切れることを知らず、常に快活な声で鳴海が会話をリードしているように思われた。


 先輩も鳴海も、本当に楽しそうに笑っている。



 誰もが彼らのことを初々しいカップルと思うに違いない。



 二人は並んで手をつなぎ、ちょっとしたことでさえも笑みをこぼす。




 本当に、幸せそうに見える――







「次はここか……」


 明るい雰囲気の生活雑貨店にやって来た。


 二人が店の奥へと入っていくのを確認してから、俺と加納も店へと入る。


 入り口には筆記体で書かれた店の看板。筆記体を習っていないので店名は読めない。


 店内に入るとよく分からんハイテンポなポップが流れていた。そして何に使うかよく分からんガラクタの類が陳列されている。


 まあイマドキの店というやつだ。なんか女子受けしそうなピンク柄がうじゃうじゃしている。呼吸するのがちょっと難しい感じの店。俺なら絶対入らない場所である。


「あれ、こんなところデートプランに入ってたかしら……」


 横で加納が首を傾げた。それはそうだろう。この店に入るよう予め鳴海に伝えたのは俺なのだ。


「ん? ああ、ここに入るよう俺が鳴海に言ったからな」


「え。なんでよ」


「まあ見てろって」


 我ながら怪しい笑みを浮かべつつ、俺たちは商品棚越しに二人を捉える。


 しばらくして、先輩が鳴海に声をかけた。


『ねえ、これ良くないか?』


『えーどれどれ?』


 先輩の手に握られているもの……、黒のリボンカチューシャである。


 大きなリボンがひと際目立つそれは、恐らく一般の女子高生なら恥ずかしくて身に着けることは無いであろう代物だ。


『付けてみるねっ』


 鳴海がカチューシャを付ける。ふむふむ……。なるほど……。ゴスロリ衣装も相まってコスプレ感がさらに増す。もうこれアレだ。隣に居られるだけで恥ずかしい格好だ。原宿でも目立っちゃうレベル。はっきり言ってナシよりのナシ。だが……。


『いい……。すごくいいよっ!』


 鳴海の衣装をべた褒めする変態が一名。彼は喜びの声を上げていた。


 そんな二人の姿を眺めながら、俺は飄々と言葉を紡いだ。


「まあ男に限らずだが、自分が選んだものを相手に使ってもらうのは嬉しいもんだろ」


「……いきなり何よ」


「そこでだ。あえて先輩に品物を選ばせてその場で買うことで、こいつは俺の彼女なんだって征服欲みたいなものを芽生えさせるんだ……。こうして先輩の心をさらにぐっと掴めるってわけだ。我ながら完璧な作戦過ぎるな……」


「はぁ……」


 俺の完璧な理論をまるで校長先生の話を聞いているみたいにつまんなさそうな顔で、加納は俺の話に相槌を打っていた。


「なんかアンタの今の説明を聞いたら、鳴海ちゃんが悪いことしてるみたいに聞こえたんだけど」


「なんでだよ」


 そんなわけないだろ。


 いやでも普通のことだと思うけどな……。誰しも自分が選んだものを相手が使ってくれたら嬉しいだろうに。


 そんなことを思っていると、加納が口を開く。




「アンタって、やっぱ恋愛マスターなんじゃない?」


「……はぁ?」




 唐突に何言ってんだこいつは。

 



「鳴海ちゃんにラブレターの話をしたことも、今日のことも。なんか恋愛っていうものを知っている感じがしてた。……アンタって実は結構、恋愛のこと分かってるのね」


 そう言いながら、加納はやけに感心したかのような顔をしていた。


 別にそんな大層なことじゃないと思うが……。


 でもまあ、どうだろう。


 恋愛のことを分かっている、というのは少し違う……と思う。


 だって、俺には恋愛経験なんてない。女の子とまともに喋ったことすらない。


 たぶん俺が考える女心も恋愛心理も、すべては俺の勝手な想像と妄想とで出来た、気持ちの悪い押し付けなんだと思う。


 だって、俺なんかが恋愛を分かっているはずが無いじゃないか。


 もし、本当に恋愛というものを分かっているのなら……。


「…………」




 ――ふと、昔のことを思い出してしまう。




 中学の頃だ。ギャルゲーやエロゲ―に憑りつかれていた日々があった。何かに魅せられるかのように、心を奪われるかのように、毎日のようにプレイしていた。


 それがなぜなのか、今なら何となく分かる気がする。


 たぶん――俺は知りたかっただけなのだ。


 分からないから、探していただけなのだ。


 女心とか恋愛とかそういうのではない。


 そういう『名前の付いた何か』を早く見つけたかっただけだ。


 分かっているわけじゃない。分かった気になっていただけなのだ。


 鳴海のことを分かっているわけじゃない。あの二人のことを分かっているわけじゃない。


 恋愛を分かっているわけじゃない。


 たぶん、本当に恋愛を分かっている、っていうことは――


「加納、俺はだな――」


「ああ勘違いしないで。アンタって童貞臭いのに恋愛のことちょっと分かってる面してるのがキモいなって思ったの」


「おい」


 加納はいつもの調子で、馬鹿にしたような顔で笑った。おい。感心してたわけじゃねえのかよ。ちょっと待ってくれ……、俺普通に薄ら寒い回想とかしちゃったんだけど!


「別に深い意味とかないから。ただキモいって言いたかっただけ」


「あ、そうですか……」


 なんだこいつ……。超殴りてぇ。


 いやでもそうですよね。分かってました。こいつはこういう奴でした。優秀なのは見てくれだけで中身はスカスカの発泡スチロールみてぇな女。随所に組み込まれたラブコメトラップに騙されるな俺。


「でもまあ……」


 俺が加納をいつ海に沈めようかなとか考えていると、再び加納が口を開く。


「陽斗くんの機転が結果的に鳴海ちゃんを前に進めた。それだけは事実だと思う」


 加納の真っ直ぐな視線が、俺を捉えた。


 え、なにその台詞? 台本にそんなのあった……?


 どうしよう、反応に困ってしまう。


 俺を褒めてもお金は出ないぞ? それとも頭でも打ったか? とか聞こうかと思ったが、加納は俺のことを馬鹿にするでも貶すでも死ねと言うでもないご様子だった。


「はぁ……。それは、まぁ、どうも」


「別に。……ほらもう行くわよ。二人が店を出た」


 見ればちょうど二人は店の外へ出ていくところだった。それに合わせて加納もそそくさと店の外へと向かっていく。




 俺はなんだか狐につままれたような気分で、加納の背を追った。


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