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加納琴葉

ヒロイン登場です。

 ――あの頃、俺は有名人だった。

 だが、あれはただの黒歴史であって、輝かしい英雄譚のように語るものではない。


 有名人と言っても、人気者だったわけじゃないからだ。


 俺を恋愛マスターと呼んでくる奴らは大抵、俺のことをからかいに来ているだけであって、そのあだ名を本気にしたことはもちろん一度もなかった。むしろ、からかわれる材料でしかないと思っていた。


 恋愛マスターと呼ばれることに嫌悪感を抱いていたと思う。


 だって考えてみてほしい。そんなあだ名、恥ずかしくてたまらないのが普通だ。ポジティブな意味に捉えられてしまう分、質が悪い。ちなみに中学三年の頃は恋愛マスターを通り越して『女殺し』と呼ばれていた。もうそれ女の敵じゃねえか。


 おかげで一時期はいじめに近い事もされていた。昼休みは居場所が無くてトイレで飯を食ったこともある。いわゆる便所飯というやつだ。オタクバッシングなんてまあ珍しくもないが、あの頃の俺は精神的に辛い毎日を送っていた。


 だけど、まあ。


 実際、俺は確かにあの頃、恋愛マスターだったのかもしれない。


 最近そんなことを思う。


 あの頃の俺は、ひた走っていた。


 ギャルゲーの面白さを知りたい、伝えたい、分かち合いたい。そんな思いがあの頃の俺を異常なまでに突き動かしていた。


 ギャルゲーを通して分かり合えるものがあったのだ。


 それを心から感じることができて、嬉しくて、また走って。

 どんなにキモいと言われようと、決してギャルゲーを布教することを止めなくて。


 その姿がまるで、恋愛マスターと形容するにふさわしかったのだとしたら。


 もしかしたら。

 俺は、本当に……。


「まっ、陽斗みたいな日陰者に恋愛相談なんて無理だろうけどよ」


「おい」


 おーけー。やっぱこいつとは友達やめよう。


 人がせっかく過去の思い出に耽っているときになんてことを言うの? なんなの、お前回想ブレイカーなの?


「お前は酷いやつだな」


「だってそうだろ? 陽斗の恋愛は二次元への恋愛だ。そんなの虚構だろ。現実とは違う」


「お、おう……」


 ぐうの音も出ないほどのド正論。恋愛相談向いてるのかなって一瞬思ってしまった俺の純情を返せこの野郎。


 俺が言い返す言葉を探していると、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。


「じゃあな、相棒」


 智也が席を立つ。チャイムを聞いて教室内の生徒が自分の席へと戻り始めていた。


 結局何も決まらなかった。今日中に決めなきゃならんのに……。


 ちなみにクラスで入部届を出していないのは俺だけだという。それもそうだ。部活動盛んな忠節高校に、帰宅部志望の生徒なんてそうそういないだろう。


 まあ仕方ない。とりあえず、憎らしい友に別れの挨拶だけ告げておこう。


「じゃあな、童貞」


 教室のみんなに聞こえない程度の声で、俺は精一杯の仕返しを言葉にした。




***




 放課を知らせるチャイムが鳴ると、教室は緊張からの解放を取り戻してどっと騒がしくなる。


 退屈な授業を乗り越えて待ちに待った放課後だ。


 皆がそれぞれ部活動へ赴く中、期限いっぱい回答を先延ばしにしていた俺はようやく入部届を提出しに行く。


「陽斗、結局どこに決めたんだよ?」


 下校の準備をしていると智也が話しかけてきた。気味の悪い笑顔だ。こいつは早くサッカー部に行かなくて良いのだろうか。


「……自然科学部。しおりにあった『サルでも分かる超常現象』ってのに惹かれた」


「ははは、またまた御冗談を。それで、本音は?」


「部員が多い上に部活参加は任意。フェードアウトするにはちょうどいい」


「これから入部する奴の台詞とは思えないなぁ、はははっ」


 智也が隣で笑っているのを尻目に、俺は教室を後にする。


「頑張れよ!」


 背中から智也のそんな声が聞こえてきた。入部届を出すのに頑張るもクソもない。

 返事などする気も起らないので適当に手を振って別れを告げた。


 入部届の提出先は職員室。特別教室棟の二階にある。


 忠節高校には四つの棟があり、一年棟、二年棟、三年棟、そして特別教室棟となっている。普段過ごす教室はそれぞれの学年の棟にあり、選択授業や理科実験、放課後の文化部活動などは特別教室棟で行われる。


「職員室か。遠いんだよな……」


 一年棟は特別教室棟から最も遠い位置にある。移動するにはかなりの時間がかかる。授業合間の休み時間でも、特別教室棟で次の授業があるというならば、おちおち大きい方もしていられないくらいには遠い。


 一年棟の一階から階段を上がり連絡橋へ。その後真っ直ぐ突き当りまで歩いて、職員室までやってきた。


 無骨で無機質な扉。この二カ月で、職員室に入った記憶はない。初めて開く扉である。


 意を決し、扉に手をかけた。


「……ん?」


 開こうとした扉が反発する。ガチャリと重たい音がした。扉が開かない。

 何度か扉を押したり引いたりしてみる。が、やっぱり開かない。


 もしかしなくても鍵がかかっていた。


 おい、なんで鍵かかってんだよ……。


 見れば窓から明かりの気配すらない。そもそも人がいないようだった。


 そういえば……。今日のホームルームで、職員会議があるから十七時までは職員室は入れないとか言ってたような気がする。


「マジかよ」


 独り言ちる。


 腕時計は十六時前を指している。職員会議終了まであと一時間……。え、どうしよ。


 教室に戻っても、もう智也は部活へ行った頃だろう。俺がまともに教室で話をするのは智也だけだ。戻ったところで手持ち無沙汰なのは変わりない。


 かといってここで待ち続けるのも気に染まない。


「どうしたもんかね……」


 思わずまた独り言ちる。そして独り言にしては声量が大きいと気付いた。


 これは良くない。ぶつぶつと一人で何か呟いている奴ほど気味の悪い奴はいない。……危ない危ない。自重していこう。


 自分の周りには誰もいないよな、と周囲を見渡した、その時。


 一人の少女が、そこにいた。


「うっ……!」


 喉から変な声を漏らしてしまった。


 思わず一歩後ずさる。まさかこんな近くに人が……。やべぇよ。今の聞かれてたよ……。なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。


「あ、ど、どうも」


 まるで一週間日干しした雑巾のような乾いた声が出た。いや、しょうがねえだろ……。俺コミュ障なんだから。それに相手は女子だ。俺にとっては異文化交流である。


 しかも、結構可愛い。


 外ハネがくるりと巻かれた明るい茶髪。大きな瞳と整った目鼻立ち。そして小さな唇。制服の上からでも分かるデカい胸。いや待て。デカすぎだろ。何カップだよそれ。


 彼女は俺を捉えるや否や、にっこりと笑った。


 そこまで見て、ようやく俺は彼女が知っている人物だと気付く。


 ――加納琴葉。


ヒロイン可愛い子ですが、すぐに本性見せます。

ご期待ください。

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