作戦開始
そんなこんなで
電話をかけてから五分後。予定通りの時間に、彼女はやって来た。
夏の突き抜ける空の青と、鮮やかで瑞々しい木々の緑の中。
踊るように跳ねた白。
アスファルトで反射した光が彼女をスポットライトで当てるが如く煌めく。
『ごめんなさーい! 待たせちゃいましたー?』
――その姿を、俺は初めて目にする。
白い細身のブラウスに、ボリューム感のある黒のロングスカート。
彼女が駆けるのに合わせて、髪が夏風と共に揺らめく。
屈託のない笑顔は太陽のように明るく、底抜けの朗らかな声が広場に響き渡る。
『……莉緒ちゃん?』
彼女の姿に驚いたのは俺だけじゃない。
広場のベンチで座って待っていた西春斗真が、がばっと立ち上がる。
鳴海莉緒の姿を一目見た瞬間、目を見開くようにして彼女に注目していた。
『えへへ……。今日の私、どうかな……?』
『あっ、えっ……。その、だいぶ雰囲気変わったんだね……』
『そうですか?』
『うん……。すごく、似合ってるよ』
先輩が鳴海の姿を矯めつ眇めつ眺める。
『今日はね、先輩のために頑張っておしゃれしたの』
そう言って、鳴海はスカートをひらひらさせて……。おいおいすげえな鳴海……。いくらなんでも変わり過ぎだろ。誰だよあれ。原宿とかにいる女子大生みたいになってんぞ。
『そうなんだ……。すげえ、かわいいよ』
これには西春斗真もご満悦という表情だ。驚きの表情はいつの間にか気持ちの悪いオタクスマイルみたいになっていた。
そんな二人の姿を、俺たちは物陰からひっそりと見守っている。
『ぶっちゃけ、そういうのすげえタイプだわ』
『そうなの? 良かった!』
どうやら掴みは良いようだ。
正直、いくらあんな格好がタイプとはいえ、リアルであんなの着て来たらそれはどうなんだと思われる心配はあった。あんなゴスロリと言うか童貞を殺す服と言うか……。俺だったら絶対無理である。
『じゃあ、行こっか!』
鳴海はそう言って、俺が買った五千円のハイヒールをかつかつと鳴らした。
二人が広場から退場していくのを確認して、俺と加納はそろってため息をこぼす。
「行ったな」
「……ええ」
鳴海と先輩、二人が並んで歩いていく様をじっと眺める。
「お前よく鳴海をあそこまで拵えたな」
あんな風に人を動かせるとかカーネギーもびっくりである。
「別に私は何もしてないわよ。鳴海ちゃんと一緒にデートプランを考えたくらいで」
「そうなのか? あの口調とか、相当練習したんじゃ……」
「本当に何もしてないわよ。実際少し練習に付き合ったくらいで、後はほとんど鳴海ちゃんが自分で練習してたし」
加納は小さく笑って続ける。
「たぶん、できるだけ自分の力で先輩の理想に近付きたかったんだと思う。そうじゃなきゃ今日のことは鳴海ちゃんにとって意味が薄れちゃうし。私も最低限の助言しかしてないわ」
「へぇ……」
そんなことになってたんですか。知らんかった……。
今日の計画を立案したのは俺なのに、その後の俺と言えば加納から送られてくるレシートの代金を所定の口座に振り込むだけの日々……。うっ……、涙が。
まあ実際俺が他にできることなんて無かったし、加納がいなければこの計画は実行することさえできなかっただろうから、そういう意味では仕方ないのかもしれないが……。
ポケットの中の財布が軽い。取り出して中を見てみると生徒証とポイントカードの類しか入っていなかった。今月分の小遣いはすっかり底を尽きている。
「ううっ……」
「何泣いてんのよ……。ほら行くわよ。見失っちゃう」
加納に手を引っ張られ、俺たちは二人の後を追う。
――柔らかな、女の子の手。
傍から見れば俺たちもまたカップルに見えるのだろうか。柄にもなくそんなことを思ってしまった。
照りつける太陽。爽やかな風。夏の始まり。
二人は手を繋いで広場を駆け抜け、そして動き出す。
「ほらちゃんと走りなさいよ! てかいつまで泣いてんの、グダグダしない!」
「あ、はい。すみません……」
まあそんな風に見える訳ないけどな……。