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はじめまして

ラッキースケベの代償

 腹へのダメージで呼吸が出来なくなっている俺のことなど心配するはずもなく、加納は俺の体を胸ぐら掴んで持ち上げると、気が狂ったかのように怒声を上げた。


「何すんのよぉぉぉっ!」


「こっ……、これはっ、アレだっ……。ラブコメとして、最低限のサービスをだなっ……」


「何言ってんのよアンタはっ!」


「ちょ……やめっ! 蹴るな蹴るな! 顔を蹴るなっ!」


「うっさいっ! 死ねっ!」


 容赦なく繰り出される顔への蹴り。――痛い痛い痛い! 


 おい顔はやめろって! せめてボディだろボディ! 金八先生の教え子ですら躊躇すんだぞ顔は。


 しかしそんな教養が怒り狂った加納の頭によぎるはずもなく、容赦なく蹴りの雨は続く。


「痛いって! やめろ! これじゃラブコメじゃなくて金八先生だろうがっ!」


「何言ってるか全然分からないっつーのっ!」





「……あ、あの、加納さん!?」


「琴葉ちゃん……!?」





 瞬間、ピタリと加納の蹴りが止んだ。


 鳴海と智也が二人並んで、加納の方を見ていた。


 まるで、『加納さん』じゃないものを見ているかのように。


「ち、ちがうのっ……。こ、これはねっ!」


 慌てて取り繕おうとする加納。すかさず俺は言葉を放った。


「見ての通りだ二人とも……。加納琴葉っていうのはこういう奴だ」


 なんとか身体を持ち上げて、俺は二人にそう告げてやる。


「えっと……。つまりどういうことだよ陽斗……」


「見ても分かんなかったのか? 俺の覚悟を返せアホ。つまりこいつは全校生徒の前ではいいカッコしてるが、本当のところは暴力振るうし暴言吐くただのクソ女なんだよ」


「は、はぁ……」


 なぜか一歩後ずさる智也。事態をまだ飲み込めていないようだ。


 鳴海の方に関しては、さっきから開いた口がふさがっていない。口の中乾くぞ、口閉じろ口。


「どういうつもりよ……?」


「ああ?」


「私の本性を二人に見せて、どうすんのよ?」


 加納のドスの利いた声。俺は立ち上がって加納の方を見た。


「まあなんだ……。お前がこれから恋愛相談部をやっていく中で、俺一人だけにしか本当の自分を見せられていないなんて、やりにくいだろと思ったからさ……。いい機会だからこの二人には本当の加納を見てもらおうと思っただけだ」


「そんな勝手にっ――」


「心配すんな。この二人は少なくともお前のことを言いふらすような奴らじゃない」


「…………」


 不服そうな顔をした加納が、じっと俺のことを睨んでいる。


「それに、俺たちは鳴海の相談にちゃんと応えるって決めたからな。加納にはできることをしてもらう。お前には鳴海の演技の指導だ。普段から猫を被ってるお前には適任だろ」


「…………」


 言い返す言葉がないのか、怒りで言葉を失っているのか。


 おそらく後者だろうが、いずれにせよ加納はそれ以上俺には何も言わなかった。


 もちろん、俺のことを何度も睨み付けてはいたが。




「……はぁ、しょうがないわね」




 加納はため息をこぼす。


 そしてゆっくりと鳴海の方へと歩み寄り、彼女の前に手を差し出した。


「――はじめまして。加納琴葉です。よろしくね」


「え、あ、うん? ……はじめまして?」


「言っておくけど、私は鳴海ちゃんには暴力とか振るったりしないから。安心して」


「う、うん……。そっか。それは、よかった……?」


「よかねえよ」


 何が良いんだよ。ちっともよかねえよ。俺が暴力振るわれてるっつーの。


「智也くんもよろしくね」


「お、おう……。よ、よろしく」


 そう言って握手を交わす智也は完全に退け腰だ。ビビり過ぎだお前は。


「まあいつも通り接してくれたら嬉しいわ。なんだか私の悪い一面を見せちゃったみたいだけど、別に二人にバレたからって私がやることは変わりないから。ねっ?」


 加納はそう言って、にっこりと笑った。その笑顔だけである。お前の良い一面なんて。


「いまなんか失礼なこと考えてなかった?」


「いいえ滅相もございません」


 おいなんで俺の心読めるんだよこいつ。


「言っておくけど、陽斗くんには手とか出しちゃうからっ」


「可愛く言っても意味ねえから。普通に怖ぇから」


 手とかってなんだよ。他に何出すんだよ。


「次私に触ったら、本気で殺しちゃうからねっ?」


 ねえなんでこいつ俺にはやっぱり特別扱いなの? もしかして俺のこと好きなの? 好きだから照れ隠しで殴ってんの? そんなラブコメあるかよ。


 もうこれツンデレ通り越したツンドラじゃねえか。ガハラさんだよガハラさん。そのうち俺のことホッチキスで攻撃したりとかすんのこいつ? 俺吸血鬼じゃねえんだけどな……。


 俺が加納のことを威嚇していると、加納はいつものように馬鹿にしたような目で俺を一瞥すると、鳴海の方に向き直った。


「それで話を戻すけど、鳴海ちゃん?」


「……は、はい?」


「とりあえずデートに向けてプランを練りましょう。あと服の用意も手伝うから。演技指導なんて大層なことできるか分からないけど、やれるだけのことはやってみるから」


「……うん。ありがとう」





 何はともあれ、これでようやく計画は前に進む。


 鳴海の鳴海による鳴海のための反撃。


 恋愛相談部の力全てを注いで、日曜日のデートに備える。




 そのために俺ができることは――




「あ、そういえば陽斗くん」


「……なんだよ」


「服とか買わなきゃだから、レシート送るから。それはよろしくね」




 俺が服代払うのかよ……。

 いやまあそれくらいしかできないんだけどさ……。


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