前へ踏み出すために。
恋愛相談部にできることは何でしょう。
「あ?」
「ぷっ、あははははっ、何よっ、『救う』だとか『当たり前だ』とか『自分に向き合え』だとか、マジで寒すぎるんだけどっ!」
「んぐっ……、お前な!」
「それで何だっけ? 『分かるに決まってんだろ。俺は恋愛マスターだぞ』って! あははははっ、マジウケるわっ、キモすぎっ!」
「………………」
泣いた。
普通に泣いた。
涙が止まってくれない。なんだこれ。目から汗が止まらねえんだけど。
「もう言葉全部がキモいっ! マジでっ、はははっ、笑いが、笑いが止まらないんだけどっ! たかが恋愛相談にっ、そこまでマジになるって、マジウケるっ! はははっ」
よし、決めた。
こいつはここで殺そう。
そんで俺も死のう。そうしよう。それしかない。
「加納、悪いが今から調理室から包丁を取ってくる。少し待っててくれ」
俺が涙をこらえながら俯き気味で扉の方へとダッシュすると、加納の声が背中からかかる。
「何言ってんのよ。アンタが取るべきは鳴海ちゃんとの連絡でしょ?」
「……はい?」
加納はひとしきり笑った後、やれやれと言った様子で俺の元へやって来て、それから俺にスマホを手渡した。
「なんだこれ。誰のスマホだよ」
「何言ってんの。私のに決まってんでしょ。いいからそれで鳴海ちゃんに連絡取りなさいよ。私も協力するから」
「……お前、あんだけ笑っておいて俺に協力するのかよ」
「当たり前でしょ。鳴海ちゃんの手助けになるなら動かずにはいられないわ」
なんだこいつ……。俺のこと散々バカにしたくせに……。
「……助かる。てかスマホのロック解除してくれ。これだけ渡されても意味ねえよ」
「はいはい。……あ、そうだ。これだけは言っておきたいんだけど……」
「ん?」
加納はロック解除したスマホを俺に渡してから言った。
「やり返すってのだけは、どうしても反対よ。やっぱりそんなことは鳴海ちゃんも望んでいないだろうし」
「は? 何言ってんだ。俺はそもそもやり返すだなんて一言も言ってないぞ?」
スマホの画面には鳴海とのLINEが表示されている。これで鳴海とは連絡を取ることが出来そうだ。残りの準備もそろそろだろう。
「え? じゃあどうするつもりなのよ?」
なぜかちょっと半ギレの加納が問う。
「それはだな――」
と、説明を始めようとしたところでコツコツとノックの音がした。
来客かと思ったのだろう。加納が「うえっ」と変な声を漏らしていた。
無論、俺にはそれが誰か見当がついていた。
「どうぞー」
いつもの調子で発した加納の声に合わせて扉がからりとあけられる。
そこに登場した人物。それは俺の予想通りの人物だった。
「智也くん?」
「こんにちはー。琴葉ちゃん。それと陽斗も」
高身長のイケメン。爽やかな笑顔。大里智也の登場である。
「なんで智也くんがここに?」
「ちょっと陽斗にお使いを頼まれてな」
「お使い?」
訝しむ加納を横目に、俺は智也から例のルーズリーフを受け取る。
そこには俺の期待していた解答がずらりと書き並べられていた。
「よし、こんなもんだろう。これで準備は整ったな」
「陽斗くん、その紙は?」
「今回の計画の要だ。こいつが俺たちの武器になる」
何が何だか分からないという様子だったので、その紙を加納にも見せてやる。ふむふむと一通り見てから、加納が呟いた。
「なにこれ。何に使うのよ」
「まあそのうち分かるよ。それより鳴海と電話を繋ぐぞ」
言われて不服そうな顔をした加納が俺に「どうぞ」と手で促す。
スマホを操作して、軽快な呼び出し音が鳴る。
その間、加納も智也も黙って俺を見守っていた。
「もしもし?」
わずかな時間だったと思うが、とても長いように感じられた沈黙は鳴海の声によって打ち消された。
俺は鳴海の声を確認してから、ゆっくりと声に出した。
「よう、鳴海。悪いが今から学校に来てくれないか?」
「え……。今から、ですか?」
「そう。今から」
ハッキリと俺は告げた。そう、今から来るように、と。
視界の端では、加納がなんかすごい形相でやめろやめろと手をブンブン振っていた。
「えっと……。それはなんで……」
「恋愛相談の続きだよ。いつか相談してくれた相談があっただろ? その続きだ」
「……? 相談……。前にしてもらったと思うんだけど……」
「別に、来たくなけりゃ来なくていい。どうするかは鳴海に任せるよ」
俺は小さく深呼吸をする。
「ただ一つ、これだけは言わせてほしい」
自分の思いを、みんなの思いを、鳴海に分かってもらうために。
「鳴海の相談はまだ終わっていないと思ってる。俺たちはその相談をここでやめるつもりはない。これからの鳴海のこと、これからの恋愛のこと、全部解決し終わるまでは」
一度引き受けた相談を、こんなところで終わらせるわけにはいかないのだから。
「…………」
電話の向こうから、静かな吐息だけが聞こえる。返事を待つ。
夕空は茜色から群青へと変わる。
重たい沈黙をこじ開けることはせず、ただ窓の外にある風色を眺める。
彼女の返事を、どれだけの時間待っただろうか。
斜陽が部屋に差し込んだ。
窓ガラスに当たった茜色の光はキラキラと輝いている。
そして、
「……すぐ行きます」
――鳴海の声が、聞こえた。