なぜなら俺は――
「鳴海が最初ここへ来たとき、先輩との関係を思い悩んで俺たちにしてきた相談だ。どうしたらいいと思うかって、な」
確かそんな感じの相談だったはずだ。
「鳴海はシャイで人見知りで、恋愛じゃ奥手に見えたが、それはちょっと違うんだと思う。あいつはこんなよく分からない部活にまで来て、自分の恋愛模様を打ち明ける程度には肝が据わっているし、何より恋愛に対して真摯に向き合っている。あいつは自分がどうするべきか分からなかったから、本気で悩んでたから、あんな質問をしたんだろう」
今でもはっきり覚えている。彼女の苦悩を。
「鳴海は今回のことできっと思い悩む。悩んでいるから学校に来ていない。あいつは分からないんだと思う。どうするべきなのか、どうこの恋愛に区切りをつけるべきなのか、どうやって自分の思いを伝えるべきなのか」
鳴海は分からないままなのだろう。きっと今も悩んでいる。
「俺たちは、あの相談に未だ答えられていないんだ。あいつがしてきた相談は、何も付き合うまでの時間に限定されてたわけじゃない。あいつは常に道しるべを探してるんだ」
だとすれば、俺たちは……。
「だから、相談に応えるのは、今なんじゃないか?」
言葉が暴れるように口から飛び出た。
鳴海を救いたいという思いが、このままじゃダメなんだという思いが、言葉にしているうちに強くなって、遂には……。
「そんなの、分かるわけないじゃない」
加納の冷たい言葉。空気を切り裂くみたいに鋭く突き刺さるような声。
「鳴海ちゃんが私たちのこと本当は頼りにしてるかなんて、そんなの分かるはずないわ。それはアンタの妄想でしかない……!」
……ああ、そうだな。
確かにそうだよな。そんなの分かるわけがない。
鳴海が本当は何を考えて、何を求めているかなんて分かるはずがないのだ。
俺の妄想、か……。違いない。全くもってその通り。ぐうの音も出ねえ。
――でも、これが分かっちゃうんだよなぁ……。
だってそうだろ? お前は俺のこといつも陰キャだ童貞だってバカにするけど、実は俺ってば中学校の頃は結構恋愛に詳しかったんだよな。まあ二次元限定だけど。
そもそもお前が俺に部活に入るよう企んでたのも、お前が俺に頼ろうとしていたのも、全部はそこから始まってるんだぜ……?
だから、その指摘にだけは言い返すことができる。返すべき言葉がある。
「分かるに決まってんだろ。俺は『恋愛マスター』だ」
まるで決め台詞みたいに、まるで台本に書かれていた台詞みたいに、戸惑うことも無く放たれた言葉は、加納を黙らせるには十分すぎる効果を発揮した。
ただ一言……。
「キモっ」
加納の失礼な言葉だけは黙らせることはできなかったが……。
そうだ、全部俺には分かるのだ。なんて言ったって恋愛マスターなのだから。
恋愛相談部の部員として、相談を受ける資格がなくなってしまう。
俺には鳴海が恋愛相談部に助けを求めているように見えた。その事実だけあればこの計画は為すことができる。
「俺は鳴海莉緒を救う。恋愛相談部の部員として、このまま二人を終わらせることには絶対しない」
覚悟と決意を露わにした宣言をして、加納に再び問う。
「お前はどうなんだ」
「……え?」
不意を突かれたような少し驚いた顔の加納。視線がぶつかる。
「お前も実は気持ちくらいあるんじゃないか? みんなの加納琴葉のレッテルを守るためとかなんとかで、自分の思いを押し殺してるだけなんじゃないか?」
「……はっ? 何を……」
狼狽する加納に、俺は言葉をかける。
「智也と春日井が喧嘩してるとき、お前が沈黙を破って仲裁したことがあったよな。そのとき思ったんだよ。あれは少なくとも、お前の本心から出たものなんだって」
あの日の沈黙。痛いくらいに突き刺さる空気感の中で、彼女は真っ先に声を上げた。
「レッテルとかブランドイメージとか、そういうのを守りたい気持ちとは別に、お前もどこかで持ってるはずなんだ。鳴海を救いたいっていう思いが」
もしもの話だ。
もし俺の見立てが間違っていなくて、俺が加納のことを少しでも分かってあげられているのだとしたら。
「お前もきっと、本当の自分に向き合うべきなんだ」
加納琴葉は、自分と向き合えるはずだ。
恋愛相談部として、その部長として、為すべきことを為すために。
そして、俺たちで、恋愛相談部として、為すべきことを為すために。
向き合ってほしい。自分勝手な気持ちに。
恋愛なんていうのは、全部自分勝手な思いで動いているのだから。
自分勝手な人間と一緒に相談するくらいが、ちょうどいい。
そんなことを思いつつ。いつの間に会話は途切れ、懐かしい沈黙がやって来て。
俺と加納はただ向き合うだけで言葉を交わすことは無くて。
時間だけが、過ぎていく。
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………ぷっ」