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鳴海莉緒を救いたい

加納との口論の先には――

 そう口にした途端、加納の表情が重いものとなる。ついでに空気も重い。息するのがやっとなレベル。よく俺はこんな部活を続けていられるなぁと心底思いました。


「鳴海ちゃんのこと、か……」


 こいつもこいつで気にかけていたのだろう。でなければわざわざ俺に鳴海不在のメールを送ったりしない。嫌々ながらも俺とメアド交換してくれた加納に感謝だな。なんでだよ。


「お前の意見が聞きたい」


「わたしの、意見……?」


 言い淀む加納。窓から差し込む陽の光が、俯き苦悩するその姿に影を作る。




 唸り声と、ため息。




 時間いっぱいかかって彼女からの返答が来た。




「そうね、正直なところ、分からない」


「んだよそれ……」


「だってしょうがないじゃない。私たちにできることなんてないでしょ?」


 至極ごもっともだ。昼までの俺だったら、その言葉だけで十分だと感じたに違いない。


「分かった。じゃあ質問を少し変える。『みんなの加納琴葉』なら、この後どうする?」


「はい?」


 加納は俺に訝し気な視線を向けた。


「どういうことよ?」


「良いから答えろ。表向きのお前ならどうする?」


 問われ、再び考える加納。俺の質問に違和感を覚えているのか、その表情は不審がっているものだったが、すぐに答えは示される。


「そうね……。たぶん、だけど、言葉をかけるんじゃないかしら」


「言葉?」


 加納は窓の外を見つめながら、淡々と答えた。


「そう、言葉。……女の子はね、泣きたい時に誰かが一緒に居てくれると安心するのよ。自分を見てくれている誰か。自分を守ってくれる誰か。自分と一緒に泣いてくれる誰か。そんな『誰か』に私はなると思う。そばにいてあげる。そして『大丈夫だよ』って、言葉をかけてあげるの。一緒に涙を流して、明日からまた頑張ろうって、応援してあげるの」


「……お前にそんなことできるわけねえだろ」


「はああああ!?」


 ギロリと睥睨をかます加納。小動物ならあの眼だけで殺されている。い、いや、だってねぇ……。お前そんなキャラ絶対無理してやってるだろ。


「何が言いたいわけ?」


「いや、悪い。お前の言いたいことは分かったよ、うん」


 慌てて口を開く俺。別に加納を怒らせに来たわけじゃない。話を戻そう。


「今回の一件、鳴海と西春先輩の恋愛だが、このままじゃ最悪の結末を迎える」


 分かり切ったことをすらすらと述べる。


「それは、まあ……」


「それで、だ。単刀直入に言うとだな」




 吹き抜ける風。カーテンをふわりと巻き上げる。





 俺は満を持して、その言葉を放った。






「――鳴海莉緒を救いたい」






 大層な言葉である。救うなんて言う言葉を人生で初めて使ったかもしれない。


 その言葉の意味するところを、俺の考えている企みを、加納は未だ十分に理解できていない様子だった。


「……どういうこと?」


「簡単な話だ。鳴海が受けた被害の分を、きっちり返上してもらう。それだけだ」


「いや、ぜんぜん話が……。はぁ?」


 何言ってんだよバカじゃねえの? と目で訴えられた気がした。すみません、ちゃんと話しますから。だからその目やめて。怖いから。


「さっきお前に聞いた質問だけど。どうしてお前は鳴海に優しい言葉をかけるなんて言ったんだ」


 加納は訝し気な顔で俺を見据えつつ答える。


「どうしてもなにも、女の子が傷ついたら慰めてあげるのが普通でしょ」


「――それって、文字通り泣き寝入りするってことなんだが、どうして鳴海が泣き寝入りすることになるんだ」


「はぁ? 言ってる意味が……」


 戸惑う表情の加納。俺は言葉を紡ぐ。


「今回の一件は、どう考えても加害者側が西春先輩で、被害者側が鳴海莉緒だ。その構図に変わりはない。加害者は被害者に対して謝罪と相応の罰を受けるのがこの世のルールだろ」


「何を言って……? もしかして、先輩に何かやり返そうって話?」


 加納が呆れたような表情で、怒りも混じった表情で、俺との距離を詰めた。


「やめなさいよ、そんなの何の解決にもならない」


「そうか? 少なくともこのままじゃ、鳴海は完全に負けたままだ」


「負けとか勝ちとかそういう話じゃ――」


「――分かってるよ。でも、今のまま終わるんじゃダメだって気付いたんだ」


 俺の言葉に、加納が一歩二歩と後ずさる。俺の表情があまりにも本気だったことに驚いたのか、ただ単に俺の案が馬鹿らしいと思っただけなのか。


 いずれにしても加納は次の言葉を探し、俺に向き合い、そして反論する。


「やり返すなんて不毛じゃない? 誰も幸せになんかなれない」


「このまま二人の関係が終わったら、それこそハッピーエンドなんか程遠い」


「でも、そんなのって……」


 言いたいことをうまく言葉にできない、とでも言いたげな加納の表情。




 ……分かってる。これが正しい事なんかじゃないって。




 正しい恋愛が分かっているのなら、こんな風に悩んだりしない。


「俺もお前も、鳴海とは恋愛相談をした仲だ。短い時間でも、ずっと前の話でも、小っ恥ずかしい話題で本気で悩み合った仲だ。他人なんかじゃない。知っている女の子が傷ついてたら、その女の子のためにできることを精一杯やるのが当たり前なんだ」


「そんなのは……。アンタの自己満足じゃない」


 気付いたように、加納はパッと顔を上げた。


「そうよ、それはただの自己満足だわ。鳴海ちゃんのためになってない。そもそも私たちは鳴海ちゃんから頼まれた? やり返したいだなんて頼まれていないのにできるわけがないでしょ!」




 確かに、その通りだ。




 鳴海は俺たちに何も頼んでいない。やり返してほしいとも、優しい言葉をかけてほしいとも、彼女は望んでいないし、俺たちに頼んではいない。




 ただ、一つ――俺たちに頼んだことがあるとするなら。




「『どうしたらいいと思いますか?』」




「…………?」


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