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相談に応えるということ

動きます。

 俺の中で、結論は出ている。引き出しから教科書を引っ張り出して、一限の準備を始めた、その時だった。ブルっと震えるスマホ。珍しく着信が来ていた。



「……メール?」



 スマホを見るとメールが一通。差出人の名前を見て、俺は少し身構えた。


「どうした?」


「あ、いや、なんでも……」


 不審に思っているであろう智也は無視して、差出人『加納琴葉』からやって来たメールを開く。件名も挨拶もなく、ただ一文だけこう書かれていた。




『鳴海ちゃん、今日休んでるみたい』




 それだけだった。ただそれだけのメール。


 それだけだというのに、そのわずか一文が、俺の心に刺さるようにして何かを揺らした。




 ――鳴海が、休み……?




 いろいろな可能性が頭の中でぐるぐると回った。


 ただの風邪、あるいは用事。家庭の事情もあるかもしれない。


 でも、なんてことはない。


 一人の高校生がある日突然休むだなんて、あまりにもありふれた事だ。


 過度な心配をする必要なんてどこにもない。俺だってそうだ。体調が悪けりゃ休むことなんていくらでもある。そしてひょっこり次の日には学校へ行って、「ごめーん、昨日は仮病でつい休んじゃった」とかいうのがオチだ。仮病だったのかよ。


 あるいはクラスメイトが突然休んだと聞いて慌てふためく奴もまた、どこにもいない。心配する奴はいても、みんなその日の午後にはそいつが休んでることも忘れて、「あっ、そういえばアイツいなかったなー。ていうかいなくてもいいんじゃねー? あははー」みたいな笑いの種にされるだけである。なんてことはない。それはさすがにひどすぎるだろ……。


 だがまあ、そういうことだ。誰かが休むなんてよくあることで。


 ありふれたことの、はずなのに。




 ――あの日の情景が、消えてくれない。




 雨の中、頬を伝った一筋の涙。


 見たことの無い、女の子の表情だった。


 それはあまりにも無残で、残酷で、不憫で。


 目を覆いたくなるような光景を瞬きすることも忘れて見ていた彼女のあの顔を。


 忘れることができない。




 ――あの日の情景が、消えてくれない。


 


 頭の中でぐるぐると回っていた考えが、一つの答えを導く。――おいおい……。バカなこと考えてるぞ俺……。さっきまでの逃げ腰どこ行ったんだよ。


「なあ、智也」


「ん、なんだ?」


 気付けば俺は智也に声をかけていた。もうこの時すでに俺は腹を決めていたのだろう。


 どう考えてもこれ以上、あの二人の恋愛に口出しするのは間違っている。たとえ恋愛相談部の一員としても、だ。


 彼ら二人だけの、二人だけで解決すべき問題だ。


 だが、それでも……。




 ――このまま終わっていいはずがない。




 心のどこかではそう思っていた。論理的で合理的な結論に甘んじていた。



 でも違うんだ。そういうことじゃない。



 俺はルーズリーフに思い付いたあれこれを書き殴ると、それを智也に渡す。


「これを調べてほしい」


 それを受け取った智也。内容を読んで、訝し気な様子で俺を見る。


「なんだこれ? 良いけどよ……。え、いつまでに?」


「できれば今日中。放課後に持ってきてほしい」


「はぁ……。分かったけど、何かお前……。あの頃の――」


「……?」


 俺が問うと、智也は肩をすくめてやれやれと言った様子だった。めんどくさそうに立ち上がって、そして、いつもの笑顔で言うのだった。




「いやなんでもねえよ。分かった。必ず調べて持っていくよ」






***





 部室には、今日も二人だけである。


 いつものように加納はスマホを弄っていて、俺は部屋の隅でラノベを読んでいる。


 そんな普段の光景でさえ、今日はピリッと緊張感があるみたいだった。


 沈黙に耐えられなかった俺がたまに憎まれ口を叩くくらいで、いつもは沈黙なんて気にも留めないはずなのに。



 今日だけは、やけに沈黙が刺さる。



 だからだろうか。たまに視線を彼女に預けてしまう。


 心のどこかで期待しているのだろうか。彼女が何かきっかけを与えることを。彼女が沈黙を破ってくれることを。


 いつもは黙認してしまっているこの空気を、壊してくれることに。



「…………」


「…………」



 沈黙は続く。壁時計の秒針を刻む音だけが、今日も部屋の音を支配する。


 加納は陽の光の中で、ただ凛として佇むばかりだ。


 もちろん知っている。彼女がこの空気の中、口火を切るようなことは無いのだと。


 いつだって加納は揺るがない。まるで信念は理屈をも超越するとでも言いたげに、彼女は自分の信念を持っている。


 だからこの空気感の中、加納が声を上げることは無いだろう。言い出すべきは俺なのだと知っている。声を、言葉を、思いを、ここで切り出すべきは俺なのだ。


 そう、逡巡していたとき――


「ちょっと?」


「あ、はい、なんでしょうか」


 加納の冷たい声に、声も体もびくっとなった。


 不意打ちだった。俺は思わず敬語で返事を返してしまう。


「私のこと見すぎなんだけど? なんなのよ? アンタもしかして変態?」


「違う」


「視姦が趣味とか?」


「だから違う」


「私のこと好きになっちゃったとか?」


「それは絶対に違う」


 なんだろう。言い切れちゃう自分がもうすごい。こいつのことマジで欠片も好きじゃないんだなーって実感してしまう。この物語のメインヒロインどこだよ。


「じゃあ何の用なのよ?」


「用って……。一応同じ部活仲間だろうが」


 こいつホントにブレねえな。キャラとかいろいろ。もはや凝り固まってるレベル。胸はめっちゃ揺れるのに頭はなんでもないです睨むな睨むな。


 まあせっかく手に入れた機会だ。逃さない手はない。本題に入るとしよう。




「用ってほどじゃねえよ。鳴海の件だ」


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