大里智也は許せない
シリアス展開になってしまいました。
月曜日の朝。
自席に座るや否や、後ろから近づく気配に俺はため息を漏らす。
「よお陽斗。土曜日はごめんなぁ」
気にも癇にも癪にも障るような声。振り返らずとも誰から発せられてものなのか分かってしまう。
「智也か。おはよう。縛られてその後の調子はどうよ」
「なっ……、そっ、その話は、勘弁な……」
なんか目がすごい泳いでいる。いったいどんなことされたんだこいつ……。
「まあ詳しくは聞かないから安心しろ。俺だって命は惜しい」
あんまりしつこく聞いて、俺も春日井に目を付けられるのは御免だ。この歳でそんな愉快な性癖に目覚めたくはない。
俺の言葉に若干安心したのか、智也はふぅと息を漏らした。
「そうか……。ああ、それより土曜日のことだ。デートの尾行の結果はどうだったんだ?」
「ん? ああ……」
言われて思い出す。そういえばこいつに結果を報告していなかった。
……さて、そうだな。どう言ったものか。
あの情景、あの顛末を上手く言葉にする自信が俺には無い。あれを何と表現すれば伝わるのか、何と例えれば良いのか、俺には分からない。
だが少なくとも簡単な言葉でこいつを納得させることは出来るだろう。
「結果はクロだよ。たぶんあれは浮気だ」
それだけポツリと言った。それ以上言うのは憚られた。
智也は俺の心中を察したのか、それ以上聞こうとはしない様子だった。そうか、と呟いて何か言葉を探すように考えて、それからしばらくして口を開く。
「先輩の女癖の悪さは聞いてたけど……。ここまでとはな……」
いやホントにそう思うよ……。だいたい女癖悪いとか精神年齢いくつだよ。んなのドラマとかでしか聞いたことない設定だよ?
「んでまあ、もう一つ報告することがあってだな……」
「なんだ?」
首を傾げる智也。報告すべきか迷ったが、こいつには言っても大丈夫だろう。
俺は今回の一部始終を鳴海も承知だということを智也に告げた。
無論、その後の智也の反応は予想通りのものだ。
「はぁ? なんで鳴海さんが?」
「知るかよ……。たまたま通りかかったんだ」
俺がそう言うと智也は憮然とした様子で口を開けていた。まあ驚くよねそりゃ。
西春先輩は浮気確定の行為を、そして彼女たる鳴海莉緒がその光景に直面するという、学校サボったときに惰性で見た覚えのある昼ドラみたいな展開だ。まあドラマであれば、むしろ盛り上がるべきシーンと言うか、見どころというか熱い展開なのかもしれないが。
こと高校生である俺たちにおいては、その脚本は如何なものかと思う。
「まあそういうことだ。結果は最悪ってところだな、マジで」
西春先輩の疑惑は晴れるどころか、むしろ最も露見してはいけない人物にバレてしまった。これを悲劇と言わず何と言うのだろう。
「あそういえば。今日も朝練あったんだよな? 先輩に変わった様子は無かったか?」
俺が問うと、智也はうーんと考える。
「そうだな……。特に変わった様子は無かったし、むしろ彼女の話とかみんなに自慢するみたいに言ってたけどな……」
「となると。鳴海はまだ先輩に土曜日の一件を伝えてないのか」
「鳴海さんが言ってないなら、そりゃ先輩が知るはずもないよな」
だがそれは時間の問題である。いずれ鳴海はこの一件を先輩に確認するだろう。
その瞬間、二人の間に致命的な溝が生まれることは明白で。
「ともあれ、だ」
俺は鞄の中身から教科書を引っ張り出しながら、ふぅとため息をこぼした。
「ここから先は二人の問題だな。これで恋愛相談部としての依頼は果たしたし。後のことについては関知しない」
実際、これ以上首を突っ込んだところでロクなことはない。
「おい陽斗……。これで良いのかよ?」
若干強い語気で、智也が俺に迫る。良いも悪いも俺には関係ないんだが……。
「いやだって……。ここからは二人の問題だろ……。部活としては先輩の浮気を調査したし、結果も分かった。俺たちが口出しできるのはここまでだ」
「そうか……? 少なくともこのままで良いとは思わねえけどな」
「いやそんなこと言われても……」
どうしろっちゅうねん……。だいたいお前は土曜日来なかったじゃねえか……。
「おい陽斗。それでいいのかよ」
「……あぁ?」
あんまり強い口調で智也が迫ってきたもんだからこちらも語気を荒げてしまう。
「いや、何度も言ってるけどここからは二人の問題だろ? 俺たちにどうこうできるわけじゃない」
「先輩は浮気してたんだぜ……? お前は先輩のこと許せるのかよ? 俺は許せねえぞ!」
「いや許せるも何も……」
そもそも他人の恋路なんて知ったこっちゃねえし……。てかなんで陽斗はこんなに怒ってんの? こいつは、自分勝手さと優しさが明後日の方向すぎるんだよな……。
「お前の話はどうでもいいんだよ。まあ、お前が先輩に一言物申したいんならそれはそれで良い。でも俺に関しては別だ。部外者だ。蚊帳の外だ。異分子だ。もはや村八分だ」
「何言ってんだお前は」
ホントにね……。でもそれくらい俺はあの二人とは関係ないってことだよ。アホ。
それを無責任と言うのなら、そう言えばいい。せいぜい責任感のある奴らで火に油を注げばいいのだ。
恋愛は自由だ。当事者でなければ口出しの余地はない。
俺は十分すぎるほど、西春斗真と鳴海莉緒の恋愛事情に首を突っ込んだ。これ以上は首が飛んでもおかしくないレベルで……。ん……。それって恋愛相談部を辞めれるってことじゃね……? なんだよ。だったら首の一つや二つ切ってくれという感じだが、ふと頭に、加納が俺の首に縄を付けている構図が思い浮かんで、思案投げ首となった。首首うるせえな俺。
「とにかくだ。俺はもう関わらねえよ。仕方ないだろ、もう……」
これ以上は藪蛇になるかもしれない。そうなる前に身を引くべきだ。
そうだ。これ以上はどうしようもないことだ。
……仕方ないのだ。