尾行の果てに
雲行きが怪しくなってきます
結論から言おう。
西春斗真のデートを尾行した。
――だが、特にこれといって怪しい様子は見られなかった。
腕時計を見ると午後四時過ぎを指している。空模様はどんよりとした鈍色で、まだ夕方というには早い時間なのに、街は静けさを保ってひどく大人しい。
天気予報によるとそろそろ雨が降る頃である。心なしか風も出てきた。雨が降ってきたらイヤだなぁとか思っていると隣の加納が声を上げた。
「ちょっとあんまくっつかないでよ、キモい」
「仕方ねえだろ、こっからじゃないと見れねえんだよ……」
駅前にある緑地公園の一角。そこはベンチが並ぶ休憩スポットになっていて、駅から近い事もあり数組のカップルが羽を休めている。
そんな有象無象のカップルの中に、ターゲットである西春先輩と女子友達(仮)もいた。
俺たちはそんな二人の様子を陰から観察している。
尾行を始めてから六時間弱。いまのところ彼らに大きな動きはない。
二人はデートを始めてから手をつなぐわけでもチュッチュするわけでもなく、実にプラトニックな関係を築いている。問題が見つかるどころかむしろ二人のデートは微笑ましく、尾行している間何度も自分は何をしているんだろうと死にたくなったほどである。
むしろ問題があるのはこっちの方で、俺たちは公園内の近くの茂みから不審者ばりに観察しているのだった。ていうか不審者だった。
「なんで私がこんな目に……」
茂みは小さく俺たち二人の体を隠せるのがやっとの大きさ。だから密着でもしなければ、俺たちは茂みに隠れることができない。のだが……。
「あぁもう、最悪っ。なんでアンタとこんな……」
「いちいちうるせえよ文句言うな。俺だってしたくてしてるわけじゃない」
「はっ、どうだか! どうせまた変なこと考えてるんでしょ?」
「分かったって、あんまこっち見んな……! 手とか胸とか息とか当たるんだよ」
これ以上俺を誘惑するのはホントにやめて頂きたい。ただでさえ陰キャ童貞で女の子に夢を見ているんだから、お前なんかに恋しちゃったら俺は人間不信になる自信があるぞ。
だいたい、こんな小さな茂みに隠れる羽目になったのは加納のせいなのだ。
もしこれが俺一人の単独行動であれば、もっと堂々と彼らを見張れたに違いない。先輩と面識はあるが、影が薄い俺ならどうということはない。たぶん気付かれない。
だが、加納琴葉が隣にいるとなると話は別だ。
「だいたいこうなってんのはお前のせいだからな……。お前目立ちすぎなんだよ。なんで通りを歩くだけでみんなお前に視線が向くの? お前スポットライトなの?」
俺たちは一定の距離を取りながら、先輩たちの様子を観察した。
二人を尾行しているとはいえ、ただ、通りを歩いていただけである。
だがどういうわけか、加納琴葉が誰かとすれ違うたびに妙な視線を感じたのだ。
いや、もちろん加納に対するエロい視線とかそういうのもあったが、大抵の視線が『なんだあの彼氏、死なねえかなあ』という殺意溢れる俺への眼差しだったのだ。
「なんで俺に注目集まんだよ……。おかしいだろ」
おかげで俺たちは望まない注目をかき集め、先輩らに気付かれる可能性も、怖すぎて身の危険を感じたのもあって、こうして身を潜めているわけだった。
「ていうか俺ら、全然二人のこと尾行できてないよな」
「仕方ないじゃない。カラオケとか個室に入られるような場所はさすがに付いていけなかったし」
「まぁな……」
もしかしたら二人は、俺たちの目の届かないところで宜しくやっていたのかもしれない。それは分からないし考えても無駄なことだ。だがひとつ確かなことがあるとすれば、西春先輩とその女友達には、現状、特に不審な動きは無いということだけだった。
ファミレス、カラオケ、ボウリング……。彼らのデートは確かに王道のデートコースをなぞっていた。だがまあなんというか。見た感じ、彼らはカップルというより、むしろ友達のような雰囲気がするのだ。俺の直感ではあるが。
だとすれば、彼らの関係性は先輩の言ったように「友達」という可能性も大いにありうる。そもそも不確定事項の多いこの一件は、先輩が浮気しているという話が眉唾物だった。
「茂みでよく見えねえんだけど……、今二人って何してるの」
「別に何もしてないわ。普通に喋ってるだけみたいね」
さらに時間が経ち、十数分。俺たちは観察を続ける……が、一向にターゲットに動きはない。もうこれアレだ。車の中でパン食いながらホシの家を張り込んでいる気分だ。探偵通り越して刑事になっちゃってるよ俺たち。
だいたい、こんな暑い中よく六時間もゴミみてえなイベントに付き合えたと思う。だってそうだろ? 冷静に考えたらアイツら赤の他人だし……。彼らがどういう恋愛しようがマジで知ったこっちゃない。どうでもよすぎる。休日返上という俺の類稀なる優しさに是非感謝して欲しい。なんか俺、将来社畜になりそうだな……。
と、将来の不安を嘆いていた時だった。
その瞬間は突然訪れた。
「……こんなところで何してるんですか?」