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やはり加納琴葉とはラブコメできない

屈託するヒロイン

「……まあそれはそうだろうな」


「否定しないんだ……」


 なぜか呆れた様子の加納。なんかめっちゃジトーって見られてんだけど……。え、なに? 否定して欲しかったの? そんなことないよって? 出来るわけねえだろそんなの。


「いやいやお前は外見だけだぞ良いところなんて。そもそもお前、性格クソだし」


「なっ……」


「周りの評価ばっかり気にしてる八方美人だし」


「にっ……」


「暴力振るうし意味分かんねえところでキレるし俺のこと脅してワケ分からん理由で部活に勧誘してくるし」


「ぬーっ!」


「それから……ああ、すまん言い過ぎた。悪かったって。謝るからその拳をしまえ」


 いやまあ言い過ぎたどころか、むしろ言い足りないんだけどな。たぶんワ行くらいまでは行けたと思う。


 でもまぁ。これくらいにしておくか。普段やられてる分の仕返しだと思えば安いもんだ。


 悪口で終わらせるのも後味が悪いので俺は次の言葉を探す。アフターケアは大事だからね。ビジネスもお肌も人間関係もアフターケアさえちゃんとしておけば大丈夫まである。


「いや。でも、たまに良い奴だなって思うこともあるよ。ホントに」


「……そう?」


 キラキラと期待の眼差しを向ける加納。とても可愛らしい。


「例えばな……。ええと、なんだっけな……。ううん、あの……」


「フォローするならちゃんとしなさいよっ!」


 加納が涙目になりながらも俺のことを睨み付ける。いや……、確かに俺も悪いとは思うが、俺に良いところを一つも言わせられなかったお前にも問題あると思うぞ?


 しかし真剣な話、加納琴葉という人物を俺は未だ何一つ理解できていないのだから仕方がない。


 実際、俺はこいつのことを何も知らない。こいつの経験してきた気苦労だとかプレッシャーだとか、自分のレッテルを守ることの大変さなんて知る由もないのだ。


 そんなことを考えていると、加納が俯き、ぽつり呟いた。



「なんでこんな風になっちゃったのかなぁ……」



 苦笑いの奥に、どことない物寂しさを感じさせる彼女の表情。


 間がもてず、つい氷しか入っていないコーラに手を伸ばしてしまう。こいつにかけてやるべき言葉なんてバカとかアホとか爆乳とかで十分なのだが、その時ばかりは、俺も次の言葉を考えてしまった。


「まあなんだ。良いんじゃねえの? そういうのも」


「……え?」


「みんなに合わせて表情作るとか、態度変えるとか、そんなん誰だってやるだろ。お前はそれがちょっと顕著なだけだ。二重人格みたいになっちゃってるだけ」


 どうなんだろうね、それ……。ロールパンナちゃんじゃねえんだからよ……。


 でもまあ、人によって態度がコロコロ変わる奴なんて大勢いるわけで。


「だから良いんじゃねえの? 別にお前はおかしくなんてない。みんなの加納琴葉を貫けばいい。それも含めてお前なんだからよ。普通の恋愛だって、出来るに決まってる」




 そうだ。別におかしい事なんかじゃない。




 自分で自分を演じるだなんて、案外みんなやっていることなのだから。


 そんな自分が嫌になって苦悩することも誰だってある。ごくごくあるその辺に転がっている悩みだ。


 加納琴葉が抱いているのも、きっとそういうものに違いない。




「…………」




 加納が黙って俺のことを見ていた。俺の言葉がどれだけ彼女に伝わったかは分からないが、少しでも届いてくれたらと、心から思う。




「――ぷっ、くくくっ、くっさー!」


「おい」


「なにっその台詞、どんだけ恥ずかしいこと言えちゃうわけっ? くくくっ」


 お腹でも痛いのか、蹲ってゲラゲラと笑う加納。


 机をバンバンと叩いては、目に涙を浮かべながら、爆笑。


 あーやっぱダメだこいつ。どんだけ性格悪いんだよ。てか笑い過ぎだ笑い過ぎ。


 はいはい分かりましたよ、分かりました。もう二度とお前なんかに優しい言葉なんてかけねえっつーの。ちくしょう、見てくれがいいからって調子に乗りやがって。あんな神妙な面持ちすんじゃねえよ、騙されたじゃねえか!



「ふふふ、くくっ、だめっ、まだ面白いっ……! はははっ……」



 ほんと良い性格してるなこいつ……。へそもつむじも性根も曲がってんじゃねえの? なんなら腐ってるだろこれ。


 俺が怒りの衝動に駆られていると、加納が「あっ」と驚いたような声を上げる。そしてやにわにビシバシと俺の背中を叩いた。痛い痛い痛ぇっつーの、今度は何だこの野郎。


「ちょっと、あそこ!」


 加納が指さす方向、窓の向こうの金の像前に男女の姿が見える。


 男子の方はものすごいイケメンだ。爽やかスマイルを滲ませ、ベンチに座っていた女子に話しかけていた。あのイケメンスマイル、見紛うはずがない。西春斗真先輩だ。


「おいおい、マジかよ……」


 驚きと落胆とが入り混じった声が漏れる。正直、先輩とは会わないだろうからこのまま帰っちゃおうかなーとか思っていたが、その心配は杞憂だったようだ。


「――行こっ、早くしないと見失っちゃうよ!」


 ここで彼を見失えば、今日はもう解散に違いない。


 せっかくの土曜日なのだ。やりたいゲームも読みたいラノベも見たいテレビもいっぱいある。休日だというのに人のデートをのぞき見するなんて不毛なことこの上ない。ここで見なかったことにして、今からでも休日を満喫するのも悪くないだろう。だが……。


「そうだな」


ここまで来たからには、真実を確かめずにはいられない。


「行くか」


 席を立ち、自分と加納のトレイを持ち上げる。急いで広場に戻らねばなるまい。


 返却口の方へと歩き出した時だった。


「ねえ?」


「ん、なんだよ」


 呼び止められ、振り返る。


「ありがとねっ」

 

 ほんの一瞬の出来事だった。にかっと笑う加納。彼女は俺に何の脈略もなく感謝の言葉を述べると、そのまま店の外へと出ていった。




「……なんだ、今の」




 つい、言葉が漏れる。なんだあいつ。ありがとね、って……。トレイ片付けるくらいで感謝するような奴だったか? んだよ、なんかちょっとドキッとしちゃったじゃねえか……。


 クソっ、不覚だ……。普段は俺をイラっとしかさせねえくせに。


「もうちょっと、性格が良かったらなぁ……」


 心の奥底からそんな言葉が漏れた。ホントに。なんでアイツはあんなにゴミなんだろうか。




 大きなため息を漏らしながら、俺は二人分のトレイを返却口へと戻した。



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