加納琴葉は恋できない
とりあえず張り込みです
駅中にあるハンバーガー店。ここは窓から金の像がある広場が見えるので、張り込みをするにはもってこいの場所である。
加納と話し合った結果、この店で時間をつぶすことにした俺たち。
店内に入り、俺はハンバーガーの朝セットとかいうのを注文する。数分待ってやって来たのは、BLTハンバーガーにコーラとポテト。実にアメリカンである。
加納は野菜バーガーとかいうのを注文し、二人並んで窓側の席へ。
互いに無言でハンバーガーを頬張る。
ポテト片手にスマホを弄り、またハンバーガーを頬張る……。そんな調子で気付けばかれこれ三十分。すでに俺たちはハンバーガーもポテトも食べ尽くしていた。
「来ねえな、先輩」
「そうね」
特に二人で盛り上がる話題などあるはずもない。件の先輩がまだ来ていないという事実確認を度々するだけで、俺たち二人の会話は先程から完全に死んでいる。
「来ねえな、まだ」
「見れば分かるわよ。いちいち口に出さなくていいから」
「そうですか……」
んだよ。別に良いだろ。それくらいで怒んなよ……。
「それにしても、智也くんが急用で来られないっていうのはびっくりね」
「ん? ああ……」
ほとんど氷しか残っていない味の薄いコーラを啜りながら、俺は適当な相槌を打つ。
「あいつから持ち掛けた話なのにな。ひどい話だとは思う」
「まあそうね……。でもこれは恋愛相談部として引き受けたものだし、このまま私たちが続けることに変わりはないけど」
加納はウーロン茶をストローでちゅうちゅうと吸い上げている。俺の方のコーラはもう底をついていた。このまま店に長居するのも憚られるので追加注文を何にしようかと考えながら加納の方へと目をやる。
なんだろう。上手く言葉にできないが、とてもエロい。
こうして隣に座っている加納を見ると、どうしても男として色々考えてしまう。隣にいるのはあの学校一の美少女、加納琴葉である。今のこの状況デートみたいだなとか、今のやり取りカップルみたいだなとか、そういう実に下らんことをどうしても考えてしまうのだ。
これが男の性というやつか……。
「何見てんのよ」
「あ、いやっ、悪い」
つい、反射的に謝ってしまった。
「なんか変なこと考えてない? 顔が気持ち悪いわよ」
「それ、ただの悪口だからな。あと別に変なことなんて考えてない。……いや待て。逆に聞こう。『変なこと』って一体なんのことだ」
俺はしたり顔でくくくと不敵な笑みをこぼす。これが秘儀、ラブコメ鈍感主人公だけが使うことを許された『変なことって逆になんだよカウンター』である。これを食らったヒロインたちは赤面し、慌てふためくこと間違いなし……。
とか思っていたのだが、加納は俺を馬鹿にしたような目で見ていた。
「……別に? なんかエロいことでも考えてるのかなぁって思っただけ」
「お、おう……。正解だよ」
正解なのかよ。
「うわぁ……。ホントひくわ……。アンタよくそんなこと言えるわね」
「なっ……、お前こそ、よくもまあそんなすました顔でそんな発言できるよな!」
「別に私は普通のことを言っただけよ。それに、男子なんてみんなエロいことしか考えてないじゃない?」
「それは偏見だぞ。少なくとも俺はエロに侵されていない」
自信たっぷりにそう言ったが今回ばかりは旗色が悪いようだった。
「ダウト。このお店に入ってからアンタ私の胸見すぎ」
「なん……だと……」
「もしかして気付かないとでも思ってた? 男子の視線って普通に分かりやすいのよね。特に胸見てるところなんてすぐ分かっちゃう」
バレてたのか……。
いやまあそりゃバレるよね。仕方ないよね。だって俺この店に入ってから加納の胸数十回は見てる自信あるし。
だが、加納は別に罵声を浴びせるでも赤面するでもなくつまんなさそうな顔で一言。
「まあ別に良いんじゃない? 私はどうとも思わないし」
「どうとも思わないって……。それはそれでどうなんだ」
大抵の女子高校生は、男子の語るエロなんて毛嫌いするに決まっている。
「……そういうの、慣れてるのよ、わたし。前に言ったでしょ、男子に結構モテるって。それに男子のエロい視線とか、邪な考えとか、陰で私の猥談してるのとか、全部分かってるのよ。普段は知らない振りしてるだけ」
妙に低いトーンでそう語る加納の表情。虚ろな瞳が、どこか寂しそうな様子を醸し出す。
黙っていると加納は自分を嘲笑するかのような笑いで続けた。
「だから思ったのよね。私ってたぶん、普通の恋愛できないんだろうなって。私のこと好きって言ってくれた人たちは、きっと私の外見が好きなだけであって、私の中身を好きなわけじゃなかったんだって」