さようなら友よ
恐怖の電話
「それで、どう?」
「……あ? なにがだよ」
「私の服装よ。せっかくだし感想でも聞こうと思って」
やけに自信たっぷりな発言にさすがの俺も苛立ちを覚えたが、ぐっとこらえて加納の全体を眺めた。
チェック柄の可愛らしいトップスに、ハイウエストの白いワイドパンツ。胸元で謙虚に輝く小さなネックレスと、腰に巻き付けられたバックルが大きめのベルト。黒のヒールを履いているからか、いつもより若干視線が高く、フローラル系の香水がほのかに香る。シャネルの五番みたいな匂いだ。うん。まあシャネル嗅いだことねえけど。
確かに、おしゃれというか、女子力高そうというか、そもそも感想を求められたところで女子の服なんて分かるわけがないからその程度の感想しか出ないが、まあ普通に可愛らしい格好だった。
「そうだな……。ふむ……」
しかし、そんな彼女のファッションなんてどうでもよくなってしまうような光景が眼前にあった。
胸である。
これでもかというくらい強調されちゃってる胸。ウエストを引き絞っているからなのか、トップスにゆとりが無かったからなのか、いや……、理由なんてどうでもいいんだが、とにかく胸! 胸がヤバい! お、お前それ誘ってんのか……!?
「どう?」
「すごくいいと思います」
「ふふっ、そうでしょ。この服お気に入りなんだよねー」
上機嫌で笑う加納。その姿はどこまでも可憐で煌びやかで、周囲の視線も集めてしまう……わけじゃないからな!
お前は気づかないのか加納……。実は周りの男子がお前のことをめちゃくちゃエロい目で見ているだけだということを……。俺も含めてだけど。
いや別に良いんですけどね。キミが良いんならそれで。確かに服装は可愛いと思うし、似合ってるしおしゃれだし、言う通りファッションセンスあんじゃねえの知らんけど。
と、心の上っ面で誉めちぎっていたら、ふと気付いた。
「ん……? 智也は?」
「智也くんなら来てないわよ」
さらりと受け流すように言われた。
「え、なんで? 遅刻?」
「さあ? 私智也くんのLINEとか知らないから、連絡は任せるわよ」
「あ、ああ……」
スマホを弄り始めた加納を横目に、俺はスマホを取り出す。十数人しかいないともだち欄から智也を探し出し電話をかけた。
呼び出し音が耳元で鳴り、しばらくして智也と回線が繋がる。
「もしもし」
「もしもし、じゃねえよ。なんなのお前。なんで来てないの?」
「ああ悪い……。実は……。行けなくなったんだ」
「……はい?」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
「来れないってどういうことだよ……」
「いや、まあ、そのなんだ。ちょっと美咲に束縛されててな……」
「は?」
「今日の話、琴葉ちゃんもいることを喋ったら急に行くなって言われて……」
「あ、ああ。加納がいるから、それで……」
なるほど、つまりアレか。春日井は彼氏を、女子の混じったグループで遊ばせたりするのが許せないタイプなのだ。そりゃあれだけ智也の浮気を疑ってたからね……。まあ、分からんでもないが……。でも加納と春日井って友達なんだよな……? それってつまり、春日井が加納のこと全然信頼してないってことになっちゃうんだけど。
「だから、今日は行けなくなったんだ、すまん」
「そう言われても困るんだが……。今からこっそり来れたりしないのか」
「いや、それが無理なんだよ」
「なんで」
問うと、電話口の向こうが静かになる。なんだよ……。急に黙んなよ。
しばらくして。
小さく、震えた声が聞こえた。
「俺、いま縛られてんだよ……。紐で」
「束縛ってそっちかよ……」
衝撃の事実に感嘆する俺。電話の向こうは一体どういう状況になっているのだろうか……。紐で縛られているとか字面だけ見ればもはやエロい響きでしかないが、なぜか全くエロさを感じないし、なんなら縛られているのは智也の方だった。需要ゼロである。
それにしても春日井怖すぎだろ。なんだよ、紐で縛るって。どういうプレイなの?
これ以上はあんまり関わりたくないのでさっさと話を進めることにしよう。
「お前が来れないのは分かった。じゃあ西春先輩の居場所を教えてくれ。あとはこっちでやるから」
「すまない……。俺が相談したことなのに……」
「まったくな……。んで、先輩ってどこにいんのよ?」
「分からない」
「……はあ?」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
「分からないってどういうことだよ……」
「分からねえんだよ。さすがに時間までは教えてくれなかったんだ。駅前に『金の像』があるだろ? そこで待ち合わせるみたいなことを聞いたから、あとは張り込んで見つけてくれ」
「お前ぶち殺すぞ」
え……、もしかしてこんな朝早くに俺たちを集合させたのは、張り込んで先輩を見つけるためだったの? なにそれどこの探偵?
ちなみに『金の像』とは、駅前にある金色に輝く偉人の像のことで、我らが街の観光名所(笑)となっている。地元の人間には確かに待ち合わせ場所として有名ではあるが……。
「張り込むって言ったってどんだけ待つつもりだったんだよ……。そもそも待ち合わせ場所は本当に金の像前なのか」
「ああ。俺たちが駅前で遊ぶっていったら、みんな金の像で待ち合わせるだろ? だから朝早く集合すれば確実に現場を抑えられると思ったんだ。抜かりはねえよ」
「抜かりしかねえ……」
そもそもお前来れてねえし……。
「先輩を見つけたら、その後は見つからないように琴葉ちゃんと尾行してくれ。怪しい動きがあれば注意して観察すること。証拠としてカメラに収めてもいいぞ。張り込み、尾行、撮影。今の三つは探偵の基本だ」
「そんなゲームのチュートリアルみたいな説明いらねえから。俺らは探偵じゃないから」
ねえなんでこいつ紐で縛られてんのにそんな落ち着いた説明できんの? 俺たちはそもそも恋愛相談部だっつーの。てかこれ恋愛相談じゃねえし……。
「浮気調査なんだから探偵みたいなもんだろう。あとは――」
そこで智也からの声が途切れる。
「……ん。おい、どうした?」
智也からの返事がない。回線が切れたわけではなさそうだ。
不審に思っていると、しばらくしてから再び智也の声が聞こえた。
「すまない……。呼ばれてしまった……」
「お前いまどういう状況なの?」
心の底から疑問である。
「いいか? 必ず証拠を抑えるんだ。琴葉ちゃんと協力して……って、……美咲、はははっ……、その手に持ってるの何? ライター……? ……それで何をす――」
ツーツーツー……――回線が切れた。
無機質な機械音が繰り返される。
「智也くん、なんて?」
加納が尋ねる。俺は神妙な面持ちでスマホをポケットにしまうと、息を大きく吸って、それから空を見上げた。心地の良い風が吹く。雲は多いがまだ青空が見えるな……。
「急用ができたってよ。あと、無事を祈ってくれだってさ」
「ホントに何があったの!?」
さあ、何があったんでしょうね。知ったこっちゃねえよ。
俺は心を空っぽにして十字を切った。無事でいてくれ……智也。