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土曜日、駅前で。

学校を出ます

 土曜日なのにアラームが鳴っている。




 朦朧とした意識の中でうるせえなぁと思いつつ、鉛のように重たい瞼をなんとか持ち上げる。壁にかかった時計を確認すると午前七時だった。



 休日に早起きするのは俺の性分ではない。どちらかと言うと惰眠を貪るタイプである。昼前に起きてもそのままベッドから動かずスマホでユーチューブ見て、気付いたら昼の二時とか三時になってることが多い。俺はダメな一人暮らし大学生かよ。


 いや、だって仕方ないじゃん……。別に休日なんてやることないし。用事があるわけでもバイトがあるわけでもないので外に出る理由も無いし。休日の家での過ごし方っていったら、たいていの男子高校生はこんなんだろ。たぶん。


 友達が限られている俺であれば尚更だ。休日に友達とどこか出かけるなんてことはめったにないし、特にこんなクソ暑い季節、どっか行こうって誰かに誘われても気分が乗らない。クーラーの利いた寒いくらいの部屋で、ベッドに寝っ転がりながらダニに噛まれた尻をポリポリと掻きつつ、スマホでアマプラにある映画を見ていた方がよっぽど俺の性に合うに違いない。それはダメ大学生通り越してただのダメ人間だった。



 と、そんなどうでもいいことを考えてふと気付く。



「……なんでアラーム鳴ってんだ?」



 今日は土曜日である。平日ではない。


 特段用事があるわけでもないこの日、なぜか俺の愛用しているアニメ仕様の目覚まし時計が鳴っていた。可愛い声で『朝だよぉー、朝だよぉ! もうっ! 起きてくれないと……、ぶち殺すわよ?』とか言われた。シンプルにこの時計なんなんだ。


 体を起こしてぐっと伸びをする。


 意識がゆるゆると覚醒していき、なぜアラームが鳴っているかをじーっと考える。こういうとき、なかなか思い出せないのは結構気持ち悪いものだ。深いため息交じりに肩を落とし、確実に覚醒を始めている脳でもう少し考えてみると、遂にその理由とやらに思い至る。


「そうだ、駅前……」


 思い出した。


 思い出したくないことを思い出した。思い出してしまった。


「確か、八時だったな……」


 そう言いつつも、せっかく起こした体はいつの間にかベッドに横たわっている。


 なんだろう、すげえ行きたくねえ……。


 休日の朝八時に駅前なんて冗談じゃない。ただでさえ週に五日という膨大な時間を学校に費やしているのだから、今日くらいは休ませてほしい。休む日と書いて休日。休日にわざわざ部活動に勤しむ必要があるだろうか。いや、ない。


 だいたい朝八時ってなんだよ。ふざけんなよ。普段の学校よりも早ぇじゃねえか。


 心の中に募るいら立ちをうめき声で押し殺し、再びため息とともに目を瞑る。




「…………」




 困った。



 変に色々思い出したせいで二度寝しようにも上手くいかない。じっと目を瞑っているがなかなか意識が闇の中へと落ちてくれない。むしろ胸がざわつくような感覚に襲われて気が気でない。


 理由は単純だった。さっきから脳裏に加納がよぎるのだ。笑顔を振りまく加納の方じゃない。俺に鉄拳制裁を加える方の加納だ。次の瞬間、わき腹に鋭い痛みを覚えた。おいおい、古傷みたいになってんじゃねえか……。俺はラノベ主人公かよ……。


 体を起こし、ついに諦めて今度はクローゼットへと向かう。外へ出る用のシャツに着替え、洗面台で顔を洗う。家族の誰も起きている様子は無かったので、適当にリビングにあった菓子パンを頬張ってテレビをつけると天気予報がやっていた。今日は夕方から雨が降るらしい。……折り畳み傘はどこへやっただろうか。




 玄関を出るころには午前七時五十分。どう考えても遅刻である。




***




「遅いっ!」


 俺の耳を劈く声。無論、加納琴葉ダークサイドのものだ。


 俺が駅前に着いたのは午前八時二十分。結構な遅刻だった。会社とかだったらみんなの前で謝罪するレベルである。道中、「世間からの風当たりが強くて遅れました」みたいな言い訳を考えたが、どう考えても殴られる運命しか見えなかったので素直に謝罪する。


「すまん、寝坊した……」


「まったく。これだからアンタは……」


 加納は呆れたような声を上げると、眉をひそめて俺の体をじっと眺めた。


 んだよと目で訴えると、加納が馬鹿にするような顔で呟く。


「アンタ……小学生みたいな服装ね。ダサっ」


「なっ」


 出鼻をくじかれて、思わず情けない声が漏れた。


 小学生みたいって……。なんか傷つくなそれ……。無地の白シャツにハーフパンツ履いてるだけなんですけど……。


 もしかしてアレか。俺って休日に友達と遊びに行かないもんだから、私服のセンスが絶望的に欠落しているのか……。


「それにその靴下……。長すぎだし本当にダサい。一緒に居たくないわ」


「必要以上に攻撃すんのやめてくんない?」


 分かったって。いいよ、ダサいって分かったから。一緒に居たくないとか言うなよ。普通に帰り道その言葉思い出して泣くレベルだぞ。


「おしゃれはちゃんと覚えておいた方がいいわよ。後で恥をかくことになるから」


「そうかよ」


「……ああ。でも陽斗くんは必要ないかもね。そんな機会無いだろうし」


「お前俺をいじめて楽しい? ちゃんと小学校の時に道徳の授業受けた?」


 私服のセンスが欠落している俺に負けず、道徳が欠落している加納だった。


「そう言うお前はどうなんだよ。今まで男女交際したことないお前が言えることか?」


 ここぞとばかりに仕返しの言葉を繰り出す。


「あら、私は友達同士でよく服とか買いに行ったりするから。自慢じゃないけど、ファッションに関してはそれなりに自信があるわ。友達によく服の相談とかされるし」


「あ、そうですか……」


 そりゃ良かったですね。


 自慢じゃないって前置きしたのに、全部自慢にしか聞こえないのが最早すごい。


 うっぜーなこいつ死なねえかなあとか思っていると加納がソワソワしていた。

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