ぶっとんだ作戦
ぶっとんでます
「それより、お前はどうなんだ。今回の一件」
「なにが?」
「首を突っ込んでいい話とは思えないけどな」
「あら? 思ったよりビビりなのね。恋愛マスターが聞いて呆れるわ」
「そういうことじゃねえんだよ……」
ホントなんなのこいつ……。智也がいなくなってドキドキ二人きりの放課後ラブコメ状態なのに、怒りと憎悪で血圧が上がってある意味ドキドキってもう意味分かんねえよ。ねえ、マジで殴っても良い? いい加減このモヤモヤとした気持ちを発散しないと俺どうにかなっちゃいそうでげす。
「そうじゃなくて、この相談に乗るのは筋違いなんじゃねえかってことだ」
「はぁ、筋違い?」
「智也は言ってたよな。この相談は他ならぬ自分のためだと。アイツはこの相談をアイツのためにやるんだと。そこに鳴海や先輩の意志はない。相談してきたのは智也なんだ。鳴海でも先輩でもない」
智也は言っていた。これは自分勝手な話だと……。まさしくその通りだと思う。
「それに、もし浮気が本当だとして、俺たちに何ができるんだ?」
この相談を遂行したとして、その顛末はどうなるだろうか。浮気が本当だったとして、その事実を俺たちは鳴海に報告するのだろうか。何も知らない彼女に、惨い現実を伝えられるだろうか。
彼女の幸せな生活を奪うことができるだろうか。
……だが俺の質問に対して彼女が答えたのは、本当につまらないもので。
「相談を受けた理由は一つよ。『みんなにとっての加納琴葉』なら、きっと今の相談を無下にしたりはしない。たとえそれが面倒事だとしてもね」
「お前な……」
もはや称賛するべきか糾弾するべきか。加納の身勝手さときたら智也のそれと肩を並べるレベルであった。そうか。こいつの行動原理も、あくまでも自分のためなのだ。
「そんな頭おかしい理由で面倒事に付き合わされる俺の身にもなってほしいところだな」
どう反応していいか分からないので、俺は呆れることしかできない。まあ部長がそう言うのなら従う他あるまい。
確かに加納の言う通り、みんなにとっての加納琴葉であれば、後先考えずにこんな相談も受けてしまうのかもしれない。他ならぬ過去の相談者である鳴海のために、先輩の悪事を暴かんと躍起になる姿が目に浮かぶ。
加納はコーヒーを啜って小さな吐息を漏らすと、呟くように言った。
「ホントに、ね……」
まるで、自分を嘲笑うかのような、諦めているかのような、そんな笑みを浮かべている俯いた彼女の表情がそこにはあった。
一瞬、驚きが俺の感情を支配する。――が、気付いた時には加納の表情はパァっと明るくなっていて。
「それじゃあ、作戦会議をはじめよっかー!」
いつもの朗らかで活気に溢れた声。
ふと扉の方を見れば、そこにはトイレから戻ってきていた智也の姿があった。
「ごめん、待たせた」
「ううん、全然大丈夫だよー」
そう言って笑う加納琴葉。その姿はどこからどう見ても誰もが知っている加納琴葉で、誰もが知っている校内一の美少女である。彼女の表情は常に明るく、常に笑顔だ。
俺は一瞬に見た、彼女の曇った表情が心に引っかかって……。
「おい陽斗、ちゃんと聞いてるか?」
「――ん、あ、悪い。何の話だっけ?」
つい、加納の方に集中してしまっていた。いかんいかん……。
「おいおい、琴葉ちゃんの方見すぎだぞ。陽斗」
「あ、いや。そんなんじゃねえよ」
「陽斗くーん、ちょっと……、――ちゃんと集中して。マジキモいから」
「お、おう……」
耳打ちしてきた加納の声は氷点下を突き抜けていた。
「あんまり私のこと見ないでよね。キモいし。次見たら殴るから」
「さっきも殴っただろ……」
こいつの暴力への衝動は将来的に不安になるレベルだ。たぶん平気で笑いながら人を殺すと思う。犯罪係数とか三百超えてる。うっかり執行されちゃうレベル。
「お前アレだわ。たぶんサイコパスだわ。ルドヴィコ療法とか受けた方が良いぞマジで」
「あら、私はあの映画好きよ。特に『雨に唄えば』のシーンは最高よね……」
「そこ胸糞シーンじゃねえか!」
こいつキューブリック知ってんのかよ。
「あの映画監督は偉大よ……」
そういう加納の目はどこか遠く彼方を見ているようだった……。こいつサイコパスじゃなくて免罪体質者じゃん……。
「……それで本題なんだけど。二人は今週の土曜日空いてるかな?」
恐る恐る伺うように智也が俺たちに問う。二人の邪魔して悪いんだけど、みたいな枕詞がついてきそうな態度だ。全然邪魔じゃないよむしろこいつとの関係に除光液塗ってほしいくらい。
「土曜日? うん! わたしも陽斗くんも空いてるよー」
「なんでお前が答えるんだよ……。いや空いてるけどさ……」
「ははは、二人はやっぱり仲がいいなー」
何言うてんねんこいつしばいたろかとか思っていると、智也はまたも取り澄ましたような表情になって続けた。
「土曜日にちょっと付き合ってほしいんだ」
「……なんでだよ」
我ながらすごいイヤそうなトーンの声が漏れた。まあ実際イヤだったし。
智也は苦笑いの後に口を開いた。
「実は今週の土曜日なんだけどさ。サッカー部の練習がコーチの都合で中止になったんだよ」
「はぁ」
いきなり何の話してんだこいつ。
「それで、みんなで自主練しに行こうって話してたんだけど、先輩だけ来ないって言うんだ」
「はぁ」
「だから俺、聞いたんだよな。鳴海さんとデートにでも行くんですかって。そしたらなんか答えを濁されてさ。彼女じゃないけど別の女友達と遊びに行くって言ってて……」
「はぁ」
「だから土曜日のデートを尾行して真相を確かめに行こうぜ!」
「……すまん、もう一回言ってくれ。聞き間違いか?」
いや……。え……。どういうこと。
土曜日? 別の女友達? デートを尾行?
「土曜日のデートを尾行して真相を確かめに行こうぜ!」
「ああうん。聞き間違いじゃなかったね。ごめんね」
一言一句聞き取れていた。
「は? デート尾行すんの? 俺らが?」
「そう。土曜日は午前八時に駅前。二人にも来てほしいんだよ」
智也はいたって真面目な顔で、デートを尾行するなんて言うトンデモ企画を提案してきた。
人様のデートを尾行……。なんだよそれ! もうホントに探偵じゃねえか!
……正直、イヤな予感だけがした。