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彼が相談しに来た理由

この相談は引き受けるべきなんでしょうか。

「先輩は二股してる、って話だ」


 そう言って智也はまた一口コーヒーを飲む。話の区切りなのか妙な間が立ち込めていた。


 加納も隣でコーヒーを啜っていたので俺もそうしようと机に目を向ける。そこにはマグカップが二つだけ。やっぱり俺の分は用意されてなかった。


 いつも通りペットボトルを鞄から取り出して飲んでいると、先に加納の方が沈黙を破った。


「二股ってことは……。一人は鳴海ちゃん、だよね?」


「そうなんだ。先輩は鳴海さんと付き合っている」


 ――鳴海莉緒。


 確か俺の初相談の相手だった女の子だ。奥手でシャイで無口気味で、こんな頭の悪そうな部活に来るイメージが無かったから逆に覚えている。


「鳴海ちゃんはそのことを知ってるの?」


「知らないと思うな。サッカー部で密かに噂になってる程度の話だから……。そもそも二股してるかどうか、確証がない」


 智也はため息交じりに二の句を継ぐ。


「でも、うちの部員が帰り際に見たらしいんだ。手を繋いで仲睦まじく駅前でデートしてる西春先輩を。……お相手は鳴海さんじゃなかったらしい」


「いや、それはもう確定だろ……」


 思わずそう呟く。そんなんもう浮気じゃねえか。議論の余地ねえだろ。


 しかしまあ、春日井の一件があるのでそれ以上口にすることは憚られた。事実は小説より奇なり。先輩が鳴海以外の誰かと手を繋いでデートしているのも、実は何か裏があるやもしれん。どんな裏なんだろうね……。


「んで、なんでそれを智也が俺たちに教えてくれるんだ? あんま関係なさそうに聞こえたけど」


 浮気の疑惑があるとはいえ、誰も当事者でなければ能動的に行動しようとは思わないだろう。こんなエクセントリックな部活でもなければ話に関わろうとも思わない。


 だって、恋愛っていうのは個人の自由なのだ。


 誰がどこで宜しくやってようが、それを部外者が正義感かざして咎めたところでどうにもならない。むしろ首を突っ込むなと、お前らには関係ないと言われたらそれまで。


 もちろん浮気は良くないことだし、事実なら先輩は糾弾される立場にある。だが誰もリスクを背負ってその行為を否定せんと動いたりはしない。一緒の部活でそれなりに関係のある智也なら尚更だ。


 そりゃ、そういうのはあんまり良くないと思いますよー、みたいな苦笑いしながらの注意なら出来るだろう。でも智也はそういう中途半端なことはしない男だ。こいつは変なところに変なプライドを持っている変な奴である。……そこまで考えたら、なんとなく自分の質問に対する答えが分かったような気がする。智也がここへ来た理由が。


「俺も美咲との一件でこの部活にはお世話になったからさ。こういう面倒事を持ち込むのは恩を仇で返すみたいで本当に申し訳ないと思ってるんだけど」


 そう前置きして、智也は続けた。


「でもああいうのって、誰かが言い出さなきゃ、調子に乗ってエスカレートしていくもんだと思うんだよな。それに美咲とのことで分かったんだよ。そういうはっきりしない行動は女の子を悲しませるだけだって……。罪滅ぼしってわけにもいかないけど、そんな話を聞いた以上、俺は事実かどうかしっかり確かめたい」


 神妙な面持ちでそう言う智也に、加納は言葉をかけた。


「智也くんは、鳴海ちゃんのためにこの相談をしに来たの?」




「それは」




 言葉を詰まらせる智也。やがて決心したかのような顔つきで答えた。


「……いや、自分のためだよ。他でもない自分のため。あんなことがあって、誤解とはいえ俺は美咲を悲しませた……。自分勝手な話かもしれないけど、俺にできることは、美咲に精一杯尽くすことと、そんな浮ついた話を許さないって思えることだと思ったから」


「はっ、なんだそれ。ジャンプの主人公かよ……―ぉっ!?」


 俺がそう言うのと、加納が俺の横腹にボディを入れるのはほぼ同時だった。内臓が飛び上がるような感覚とともに腹の底にまで響く痛みが俺を襲う。


「おおおおおぉぉぉぉっ」


「おい大丈夫か? 急にどうした?」


「大丈夫だよ智也くん。こういう持病だからっ」


 いやだから。どんな持病だよ……ってもうええわ。


 この痛み……。味わうのは何度目か。正直言って俺は加納の持ってる音声データ云々よりもこのボディーブローが怖くて部活をやっているまである。


 絶対こいつ何かしらの有段者だろ……。人殺しとかの。


「智也くんの主張は分かったよ」


 加納はうんうんと何か納得した様子でそう言うと、まだ手負いの俺の肩をビシバシと叩きつけた。おいだから力加減おかしいって。みんなもっと俺に優しくしろよ……。


「智也くんのその気持ち、すごい大事なことだと思う。……尊重するよ! もちろん相談は承ります! 私と陽斗くんで、やれることやってみるねっ!」


「ホントに、いいのか?」


「うん。もちろんだよ!」


 こういうとき、いつも俺が瀕死状態の間に話を進めるのは本当にやめて頂きたい。まだ俺は何も賛同していないし、できれば首を突っ込みたくないのだ。上級生とか怖いし。


「ありがとう……。俺もできることは手伝うよ」


「ごほっ……、おい智也……。本当に二股の調査するつもりか……?」


「ああ。もし浮気が本当のことなら、俺から先輩にビシッと言うつもりだ」


 そうですか……。


 いや、俺にはどうも、他人の恋愛に首を突っ込み過ぎているんじゃないかという危機感があるわけで……。


 いやまあ、別にいいんですけどね……。智也は智也の正義感に則って行動しているだけであって、何も悪いことをしようっていうわけではないのだから。


 それに今更俺がどうこう言おうと、恋愛相談部は既に相談を聞いてしまっている。部長である加納が請け負うと言ったのだから、下っ端の請け負いが請けないわけにはいくまい。


「お前の話は分かった。じゃあここからは作戦会議か……」


「そうだな――、と……。その前にトイレだけ失礼するよ」


 そう言うと智也はニコニコと笑顔のままトイレへ。


「……はぁ」


 我ながら気だるげなため息が漏れた。と、さすがに俺の物臭オーラを感知したのか、加納が肘で俺の横腹を小突く。そこ、お前がボディブロー決めたところだから痛むっつーの……。


「なんでそんなにやる気ないのよ?」


「……当たり前だろ、浮気調査なんてやってられるか」


「美咲のときは普通にやってたじゃん」


「あれは、その……。あのときは智也が関わっていたし、春日井もお前の友達だろ? 俺たちにとっても無関係じゃない話だったからさ……。でも今回は完全に赤の他人同士の話だ」


 それに。そもそもこの相談をしてきたのは智也であって先輩でも鳴海でもない。完全に俺たち三人は部外者なのだ。


部外者が人の恋愛にお節介を焼く道理はない。やる気もクソもないに決まっている。


「智也はああ言ってるが正直俺には理解できない。まあ悪い奴じゃないんだけどよ……」


「しかしアレね。よくアンタたちって友達になれたわね。アンタみたいな陰キャに接してくれる人は貴重よ。彼に感謝したほうが良いわ」


「ほっとけや」


 なんでお前にそんなこと言われなきゃならんのだ……。いやまあ実際感謝はしているのだが……。あいつがいないと俺基本的にボッチだし……。

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