思わぬ相談
次の相談です
今日は大安だし誰も来ないだろうと高をくくっていたら相談者はすぐにやって来た。
そいつはやけにニヤニヤとした顔で部室に入ってくると、俺に向かって気味の悪い笑顔を浮かべていた。俺の顔に何か付いてるのだろうか……。
「なんでここに来たんだよ、智也……」
「いや、ちゃんと陽斗が部活してんのかなと思ってよ。陽斗の恋愛相談とか聞くだけで笑えるからな」
そう言って智也はにかっと笑う。なるほど、こいつは俺の顔に泥を塗りに来たらしい。ホントに何しに来たんだよ。
智也は加納にも屈託のない笑顔で挨拶をした。
「こんにちは、琴葉ちゃん」
「こんにちはっ、久しぶりだねぇ。会うのはあの日以来かな?」
「あ、ああ……。そうだな、はは……」
加納の発言に苦笑いを浮かべる智也。忘れもしない一週間前のことだ。春日井の誤解から始まった智也と春日井の一悶着。結果的にその騒動は仲直りという形で幕を閉じた。
――しかしこれには後日談がある。
その日以降、春日井の束縛はより一層強いものとなり、現在も智也には一日一回の電話義務、部活帰りに夕食を奢る義務、数学の宿題を代わりにこなす義務など、もはや奴隷といって差し支えない使役を受けていたのだ。
春日井はあの日から部室に顔を見せていないが、加納の話によれば毎日のように春日井は、今日は智也に何をさせようとか何を買わせようとかそんな話をしてくるのだという。怖すぎる。
そんな未だ渦中と言わざるを得ない智也。わざわざ放課後に足を運んできたということは用があるに違いない。察するにここへやって来た理由は一つだろう。
「なんだ、もう春日井と別れたくなったのか?」
「え! 美咲と別れちゃうの!?」
頓狂な声をあげる加納。いやいや驚くようなことではないぞ加納。そりゃそんな気持ちにもなるだろう。付き合ってるっつーか、こいつらの関係ってもはや貴族と奴隷だぞ。普段の春日井見てたら分かるだろ。
智也は確かに良い奴だが、それなりにプライドのある男だ。唯々諾々と何でもかんでも人に従うような奴じゃない。ていうか誰だって、そんな風にぞんざいに扱われたら嫌気もさすだろう。……そう思っていたのだが。
「いやいや、別れねえよ? なんでそんな話になったの?」
「なんだ。てっきり別れ話かと」
「そんなんじゃねえよ。まあ、美咲には悪いことをしたと思ってるからな……。俺が美咲ともう一度距離を縮められるのなら、俺は美咲のために尽くしたい。そう思ってる」
「……お、おう」
なんかよく分からんがすげえカッコ恥ずかしいこと言ってんなこいつ。友達であることを考え直すレベルだ。
「別れ話じゃないんなら何しに来たんだよ。もしかして入部か?」
これは冗談のつもりで言ったが、こいつが入部してくれたら俺はこの部活に来なくて良くなることに気付いた。入部してください。
「違ぇよ。恋愛相談部だろ、ここは。相談しに来たんだよ」
至極ごもっともなことを言われた。そうだった。ここは恋愛相談部である。決して加納のお友達に『接待部』でも、裏切られた彼氏に『呪術部』でもない。
ていうか最近、やたらその手の相談ばかりなんだよな……。
いやまあ、恋愛相談って言えばそうかもしれないが、それにしたってうちの学校の恋愛は荒み過ぎやしてないだろうか。どんだけ呪いを持ち込んでくんだよ。ここは貴船神社かよ。
……おかげでその手の話に少し詳しくなってしまった。どうなんだろうねこれ。
「んで、彼女持ちのお前が、どんな恋愛相談しに来たわけだ?」
俺がそう言うのと、加納がコーヒーを沸かして持ってきたのは同時だった。智也はありがとうと礼を述べると、熱いコーヒーを一口含む。そして質問に対する答えを述べた。
「単刀直入に言うと、浮気調査だな」
「「浮気調査?」」
予想外の単語に、俺と加納の言葉が重なった……って、前にもこれやったよな。
……ていうかまた浮気調査かよ! 何度目だよこういう相談! もしかしてここって探偵事務所か何かなの?
「お前らの浮気調査ならこの前やっただろ。これ以上はオプションで高くつくぞ」
ああいう探偵っていくら払えば浮気調査とかしてくれんのかなー、とか死ぬほどどうでもいいことを考えながらそう言うと、智也は首を横に振った。
「俺たちのことじゃない。調べてほしいのは、西春斗真先輩のことだ」
「……は?」
腑抜けた声が漏れた。西春先輩って、さっき踊り場で会ったイケメンのことだよな?
なんでそんな奴の調査を智也が持ち掛けてきたのか。普通に疑問だ。
目でそう伝えると、智也は小さく笑って話を進め始めた。
「西春先輩はサッカー部の先輩なんだよ。部活じゃすげえ良い人で、気さくで話も面白くて、サッカーもめちゃくちゃうまくて、いつも頼りになる理想の先輩だ」
ほーん。
「でも最近良い噂を聞かなくてな……。もともと女性関係をこじらせがちって話は聞いたことあるんだけど、ここ最近は特に。なかでもヤバいのが……」
智也は俺たち二人を交互に見てから、ゆっくりと言った。
「先輩は二股してる、って話だ」