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加納琴葉は超モテる

人気者も大変なのです

 先輩は俺の鑑定を一通り終えると、ふーんと鼻を鳴らしてから言った。


「それにしても羨ましいことだね。あの琴葉と同じ部活で活動できるんだから。君は幸せ者だよ、本当に」


「はぁ」


 同調しようにも呆れたような声しか出ない。どうしたこいつ。突然真面目なトーンでそんなこと言われても、なぁ……。だいたい幸せ者ってなんだよ、んなわけあるかよ。


 そりゃ加納と一緒に部活やってるっていう状況だけ見れば、羨ましいと思うのも無理ないんだろうが。


 まあでも、考えようによってはそうか。俺みたいな日陰者が、学校一可愛い女の子と二人だけで部活を共にしているだなんて。確かにそれは一種異様だとは思う。


 それにこいつは加納のことをよく知っているみたいだし、さっきから加納のことを自分の女だと言わんばかりに下の名前で呼び捨てている。恐らく完全無欠の加納と、こんな冴えない謎の陰キャが一緒に部活しているのを快く思っていないのかもしれない。まあそうだとしても、お前は何様なんだよって話にはなるが。ああ、池様か。


「琴葉も今から行くのか?」


「うん、相談者の人が来てたら待たせちゃうからね」


 加納がそう言うと、先輩は「確かにそうだね」と納得した表情を見せる。


 先輩は俺と視線を合わせると、無言で小さく笑った。もんすごいイケメンだった。


「じゃあまたね」


 先輩はそう言うと、加納の挨拶を背に受けながら階段を下りて行く。


 彼の姿が見えなくなり、踊り場には俺と加納の二人だけが残る。


 それから先に口を開いたのは加納だった。


「じゃあ、行こっか!」


 快活なその言葉を合図に、俺は加納と並んで部室の方へと向かう。


 渡り廊下は多くの生徒が行き来していた。放課になって間もなくのこの時間なら尚更だ。




 ……故に、感じる視線の数も凄まじい。




 普段一人で部室へ向かうときには絶対に感じることの無い視線。


 すれ違う人のほとんどは加納に視線を預けて離さない。彼女の容姿に文字通り目を奪われてしまうのだ。


 特に男子はそうだ。加納は顔も完璧だが、スタイルもまた出ているところがしっかり出ていて扇情的である。男子はみんなおっぱい星人なので、詰まる所加納とすれ違ったらまずおっぱいを見る。そして男友達と「さっき加納と会ったわー、超興奮したわー」などと気持ちの悪い会話をして、あれは何カップなんだろうなぁと一生悩み続ける。女子のおっぱいのサイズを憶測するのは男子の性である。つまり男子というのはアホなのである。


 まあアレだ。加納に視線が集まるのは無理ないことだ。エロい体をしているので仕方なし。


 問題は俺にも視線が集まってしまうということだった。


「なんだあの男子?」


「もしかして加納さんの彼氏かな?」


「あんなのが彼氏だったら凹むわー」


 みたいな陰口がめちゃくちゃ聞こえてくる。俺に集まっている視線は敵意とか憎悪とか殺気とかそういうネガティブなものばかりだ。おいおい怖ぇよ……。目で殺しに来てんじゃねえかお前ら。あと、陰口言うんならもっとボリューム絞れよ。全部聞こえてんだよ……。こっちが凹むわ……。


 なんだか悲しくなったので、部室に着くまでは隣のエロい女に慰めてもらうことにしよう。先刻のことを思い出して俺は口を開いた。


「そういえば、さっきの先輩って前に恋愛相談した女子の彼氏だよな?」


「そうだよー、鳴海ちゃんの彼氏。最近は西春先輩の方から結構話を聞くかなー」


 良かった。俺の記憶違いでは無さそうだ。


「話って?」


「もちろん恋愛の話だよー。最近鳴海ちゃんとはどんな感じー、みたいな?」


「そんなことを先輩はお前にわざわざ話すのか?」


「まあ仲は良いからねー。最近は特に話す機会もあるし」


 そう言ってから加納は小さくため息をついた。


 なんだかいつもより元気がない気がする。いや、こいつのことなんて俺は何一つ知らないわけだが。なんとなく、そんな気がした。


 きっとあれだ。こいつもこいつで人付き合いに悩みとか疲弊とかを感じるのだろう。陽キャの頂点に君臨するとはいえ、疲れるときは疲れるものだ。


 だから、労いの言葉くらいは、かけてやるべきかもしれない。


「お前、疲れてる?」


「そんなことないよー。陽斗くんと喋るのがちょっとイヤなだけだから」


「おい」


 朗らかな声でなんてこと言いやがるんだこいつ。やっぱこいつとはラブコメできねぇわマジで。


「先輩に限らず、私は結構いろんな人から声かけられるからねー」


「……そういえば、お前が恋愛相談部にいる理由の一つは男除けだったな」


 思えば懐かしい。こいつと初めて会ったあの日のことだ。


「まあね。放課後は部活にいる方が精神的にも楽だからね。人畜無害な陽斗くんしかいないワケだし」


「とりあえずお前が俺のこと相当安く見てることだけは分かった」


 まあこいつと二人きりでも、俺ら全然話さねぇしな。安く見ているというか、たぶんこいつは俺のことを男としてそもそも見てないのだろう。……それどうなんだ。


 だが現在進行形で集まっているこの厭らしい視線は、彼女の苦労を表しているに違いない。


 普段からこれだけの視線を浴び、男から言い寄られ、勝手に好意を抱かれて。


 そんな日々から加納は逃げ出したかったのだと思う。自分というレッテルがある以上、加納は自分を捨てきることでしかその日々から逃れることはできないわけで……。あの部活は、加納にとって安寧を与えてくれるオアシスのような場所なのかもしれない。




 やっぱり、こいつもこいつで大変なんだろうな……。


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