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発端のしおり

 偏差値六十前後の自称進学校、県立忠節高校の校訓は『文武両道』と『百折不撓』である。


 文武両道とはご存知の通り、学芸と武芸の両方が優れていることを指す。昨今の高校のスローガンには二校に一校が『文武両道』なんじゃねえかってくらい『文武両道』という四字熟語が使われている気がするが、このことに俺は一つ物申したい。


 そもそも学校というのは勉学に励む場であり、武道を極める場では無いと思うのだ。

例えば『勉学一貫』とか『磨穿鉄硯』とか、そういうスローガンの方が適切ではないだろうか……。いやまあ知らんけど。ちなみに『百折不撓』の意味は知らない。なんて読むんだよこれ。


 ところで俺には、この高校が『文武両道』を掲げているおかげで困っていることがある。


 大抵このスローガンを掲げている学校は、勉学だけでなく部活動にも力を入れていることが多い。


 この学校も例外ではなく、部活動にかなりの力を入れているようだ。


 甲子園優勝経験もある野球部、毎年全国大会で優秀な成績を収める水泳部、さらには全国大会に何度も出場するボランティア部など……ボランティアの全国大会ってなんだよ。


 多種多様な部活動があり、数多くの実績を残している。

 つまり、この学校は部活動に異常なまでに力を入れているのだ。


 その証拠に、だ。


「陽斗、早くしねぇと入部届の期限過ぎちまうぞ」


「分かってるって、智也。今悩んでるんだ」


 五月中旬のある日。場所は教室。


 俺の席の隣に座っている長身イケメンの男子。彼の名前は大里智也おおさとともや


 中学からの同級生で、サッカー部に所属しているイケイケの男子である。運動神経は抜群で、性格も申し分なし。そしてなにより顔が大変よろしい。隣に並んでくれると劣等感で押し潰されそうになるからあまり横にいてほしくないのだが、悪い奴ではない。くしゃりと笑うその笑顔と、若干粗暴な言葉遣いが特徴的である。


 そして俺の名前は柳津陽斗やないづはると。名前に『陽』の字はあるが陰キャだ。


「今日の十八時までだよな? 早くしないとヤバいんじゃねえの?」


「いや、そうなんだけど……。なかなか決められなくてな」


 俺は目の前の紙切れを見てがっくりと肩を落とす。俺が持っているのは入部届。文字通り部活に入部するための届出書である。


「なんでこの学校は一年生は全員部活動強制なんだよ……」


「そりゃそうだろ。うちのスローガン『文武両道』だからなぁ」


「なんだよその理屈……」


 詰まる所、そういうことだ。俺の悩みが分かっていただけただろうか。

 智也はにっこりと笑って言う。


「そんなのパパッと選べばいいんだよ。難しく考えることはねぇ」


「お前はサッカー部一択だっただろ。俺は違うんだ」


「なんだよ、行きたい部活で迷ってんのか」


「逆だ、逆。ゼロなんだよ。俺はそもそも部活なんてやりたくないの」


 そう。俺は部活なんて、からっきしやる気がない。


 中学校の頃は、放課後速攻で家に帰ってアニメを見るかゲームをしているかの日々を送っていた。特に特技があるわけでもなく、サブカル以外でこれといった趣味があるわけでもなかった。だから運動は苦手だし、部活でやりたいような趣味も持ち合わせていない。これといって頭が良いわけでもないし、ちなみに顔も悪い。……ちなみにってなんだよちなみにって。ちなむなよ。言ってて悲しくなるわ。


 だから部活動なんて入る理由もないし、入る気もなかった。


 小学校の頃に少しだけサッカーをかじったことがあるくらいで、ほとんど部活なんてしたことが無い。ただアニメとゲームを貪る日々。そんな俺が帰宅部を志すのは火を見るより明らかだった。

 だが、そんな俺の事情など学校が知るはずもなく、今年から忠節高校は新たな校則を施行し始めたのだ。


「まさかなぁ、今年から一年生は全員部活動参加って。笑えるよな」


「はは……」


 本当にまさかだった。生徒の自主性が重んじられるこのご時世、参加しないことにも意義がある今の時代に逆行する校則である。昭和じゃねぇんだからよ……。


 笑えない俺はため息を漏らしつつ、引き出しから『部活動のしおり』と書かれた冊子を取り出す。これは一カ月前に部活動オリエンテーションとかいう大盛り上がりのイベントで配られたゴミだ。


「さすがは忠節高校。部活動の数だけは一丁前だよな」


「実績もすごいだろ? まあ我らがサッカー部は去年、県大会ベスト4だったけどな」


「いや十分すごいと思うけど。それとも自慢か? はぁ……、だから嫌なんだ、部活は」


 部活動とは、活動目的に向かって仲間と切磋琢磨し合い、粉骨砕身たゆまぬ努力を重ねるものである。実績があれば尚更。毎日のように汗水を流し、血の吐くような思いをしなければならない。正直、そんな生活は願い下げだ。


「それなら、実績の少ない文化部とかに入ればいいんじゃね?」


 確かに智也の言う通りだ。運動部が嫌なら、実績の少ない文化部に入れば良いとなるのは当然の流れ。


 だが、文化部は文化部で問題があるのだ。


「ろくな部活がないんだよな……」


 ページをぺらぺら繰る。吹奏楽部や書道部、このあたりはまだいい。


 だがページをさらに繰ると、出てくるのはアマチュア無線部、郷土料理研究部、プログラミング部、広告研究会……。最後に関しては部じゃねえし。大学のサークルかよ。


 しかし、この程度はまだマシな部類だ。極め付きは……。


「――恋愛相談部ってなんだよ」


 しおりの最終頁に載っていたのは得体のしれない謎の部活、恋愛相談部……。

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