EX 恋愛相談千本ノック 8
「最終問題です!」
加納が声高にそう宣言した。
長かったこのイベントも次で終わりだ。
張り詰める緊張感。静謐に包まれる教室。部屋の中は涼しいというのに、頬には一筋の汗が伝う。……無理もない。終盤に追加された特別ルールによって、俺はよく分からないポイントの返還を強要させられそうになっているからだ。不正解の場合は10ポイントの返還……らしい。うん。マジでどういうこと。意味わかんねぇよ。
……いや違う。俺は気付いているのだ。
皆まで言わなくても想像はできた。俺は賢いからちゃんと分かっていた。
加納曰くモテモテポイントは実質換金ができるという。序盤のルール説明で加納は確かにそう言った。
では返還が意味することは何か。自明だ。
——返還というのは『相応の金品の提出』以外何物でもない。
つまりシンプルにカネを寄越せということだ。悲しいことにこれが答え。そしてこれが鬼畜の所業、加納琴葉のやり方である。……ヤバい。ヤバすぎる。マジでヤバいよね? ヤバいを通り越してもはや犯罪だよね? 捕まってないだけですよ、こいつ本当に。
今までの経験から判断するにそれしか考えられなかった。ほとんど詐欺みたいな手口である。そしてそれに見事引っかかった俺。常人ならここで怒り狂うか、泣き叫んで部室を飛び出るに違いない。
だがしかし。焦るタイミングではない。むしろ今は落ち着くべきだ。……そうだ、柳津陽斗。良い感じに落ち着けている。
これは決して一方的なゲームではない。次の問題に正解すれば、俺は12ポイント以上を得ることを確約している。つまりこれはハイリスク・ハイリターンというだけ。リターンが期待できる分、何も悲観する必要はないのだ。だから、落ち着いて次の問題に答えれば勝機はある。そう、大丈夫だ。俺だけカ◯ジみたいなゲームになってるけど、まだ大丈夫。
ただまぁ……、本当に勝機が見えているのかと言われると、正直微妙ではある。
最たる要因は、加納が独断と偏見で答えを提示していることだ。この仕組みが維持される限り、俺の回答は無条件に否定され、敗北を喫する可能性が高い。
ということで、俺は一つ進言することにした。
「——加納。ちょっと待ってくれ。提案があるんだ」
「……何よいきなり」
意気揚々と問題を読み上げようとした加納を遮った。もちろん加納は不満そうな声を漏らしている。しかし構わず俺は、パネラーである鳴海たちへ向けて次のことを告げた。
「せっかくの最終問題だ。これで誰が一位か決まる。……どうだ? 最後は真剣勝負らしく、実際のデータに基づいた内容で勝負するっていうのは」
「……実際のデータ?」
鳴海がきょとんとした顔で俺を見ていた。
「あぁ。これまでは加納の基準で正解を判断していた。でもそれじゃ俺たちは何も変わらない。内輪で正解か不正解か判断している時点で、そんなのは真の恋愛力とは言わない。そもそも加納の言うことが正解だっていう保証もないだろ」
「……ほぉ。童貞のくせに偉そうなことを言うのね」
案の定、突っかかってきた加納。こちらを睨みつけている。
「恋愛未経験のアンタが口出しするのかしら?」
なんか自然な感じでdisってきたが、こいつも恋愛経験がないことを忘れてはいけない。よく自分のこと棚に上げて言えるなこいつ。
そして今更だが、加納がMC的なポジションでこの場を取り仕切っているのも謎である。そもそもこいつに恋愛力が無い件について。みんな怖くて言い出せなかったのかは知らんが、俺はちゃんと物申す男だ。まずこの舞台設定からしておかしい。
「いいか? これは恋愛力向上のためのイベントなんだろ。だったら最後くらい正々堂々と、客観的データや統計的情報をもとに正解が判断できる問題を出すべきじゃないのか」
「なるほど、確かに! ハルたその言う通りです! とうけい……てき、ってなんですか?」
首を九十度へし折っておバカ発言している弥富はさておき、この発言をきっかけに場の雰囲気は変わった。ここまで沈黙を貫いていた先生が口を開く。
「……確かにその通りね。加納さんの趣旨と照らし合わせれば、柳津君の言うことに一理あるわ」
「はいはい! じゃあ私も賛成です!」
「ま、まぁ……。私もそうしたほうがいい、かも……?」
「えぇ! 莉緒ちゃんまで……?」
悉く寝返ったパネラーたち。……くくっ。良い気味だ。何事においても加納の思うようにいかないという事実だけで米三杯はいけるな。
「……みんながそう言うなら、分かったわ。じゃあちょっと調べてみるから」
加納はスマホを取り出し、それっぽい題材を探し始めたようだ。しばらく談笑に耽るパネラーたち。その中で俺は一人、表情に出さずとも心中で高笑いをしていた。
——勝った……! 計画通り……! (ゲス顔)