EX 恋愛相談千本ノック 6
「いいか? まず大前提として、俺たち高校生の恋愛なんていうのは遊びみたいなもんなんだ。大抵のカップルは大学までに別れるんだぞ?」
「身も蓋もなくない……?」
鳴海の一歩引いたツッコミ。確かにその通りだが、今回ばかりはその指摘は的外れだ。
「身も蓋もなくて良いんだよ。これは恋愛相談の練習だ。綺麗事だけを並べるわけにはいかない」
「まぁそれはそうね」
加納から同意を得る。もう少しだけ弁明の余地があるようなので俺は続ける。
「高校生の恋愛のほとんどは、いずれ別れることになる『結末の見えた恋愛』とも言えるわけだ。それは儚いものであると同時に、いろいろ刺激があって然るべきだろう。そこに安定だとか平穏だとかは野暮な成分だ。大事なのは、将来の自分が過去を振り返ったときに『あぁ、昔はあんな刺激的な恋愛をしたなぁ』っていう美化に値する思い出だ」
「ははぁハルたそ。さてはなんか難しいこと言ってますね……? そうやって言いくるめようとしても、私は騙されませんからね!」
今度は弥富から野次が飛んできた。……違うぞ弥富。そんなことはない。たぶん、難しく聞こえているのはお前だけだよ? バカだから分からないだけ。だからちょっと黙っていようね。
弥富のことは無視してさらに続ける。
「つまり、高校生のうちから安定に入った恋愛なんかする必要はないってことだ。イケメンないしは美少女、大いに追い求めるべきだ。……どうせ大人になったら、年収だとか毒親じゃないだとか土地持ってるだとか、そういう基準でパートナーを選ぶことになるんだから、今のうちに顔を求めた恋愛しておくべきだろ」
「柳津君、その辺にしておきなさい。さすがにマセすぎよ」
ついに先生からもツッコミが入った。おっとアクセルを踏み込みすぎたらしい。とはいえ今さらブレーキを踏むわけにもいかなかった。というかブレーキはどこだったかな。
「中身が良いやつなんてこの先いくらでも探し回ることになる。その予行演習をしたいなら、それでも良いかもしれない。でも恋愛っていうのは相手にドキドキしなきゃ恋する意味も薄れるだろ? そんな気持ちを刺激してくれるのは結局のところ顔だ。顔が良いから許せることもあるはずだ」
なんかそれっぽい結論を叩き出し、俺は主張を終えた。
反駁の声は上がらない。交わされたのは視線だけである。その視線から察するに……なるほど、皆様まだご満足いただけていない様子。俺の意見にどこからケチをつけてやろうかと腹案を練っているのがよく分かる。特に加納。ははっ、すんごい侮蔑の視線だ。
「……じゃあ、実例を挙げよう。それで納得するはずだ」
小難しいロジックは捨て置き、現物を見せた方が早いらしい。
俺は手のひらを上向きにし、五本の指をピンと伸ばして揃えた。
そしてその手のひらを、加納の方へ向ける。
「……なによ?」
「加納。お前がその良い例だ。お前こそ『中身』より『外見』が重視されることを体現した貴重な例なんだ」
「……はぁ?」
何言ってんだ殺すぞと目が言っていた。
「アンタ何言ってんの」
途端、ずんずんと加納が俺の方へと詰め寄ってきた。……こわっ。こわいよ。
「……言葉通りの意味だ。お前の存在自体が、俺の主張を証明たらしめている」
しかし俺は引き下がらない。いや、引き下がれなかった。俺にだって、ちっぽけながらも確かなプライドがある。一度自分が口にした意見を、そう簡単に曲げるわけにはいかない。
——そう。これが身近な実例だ。
加納琴葉こそ、俺の意見を裏付ける貴重なサンプルなのである。
「はぁ。いいわ。説明してみなさいよ?」
そこそこクリティカルなことを言ったつもりだが、なぜかここで加納が余裕ぶった表情を見せている。ほほう、こいつ俺が考えなしに勢いで口走っただけだと思惟しているらしい。舐めやがってこの野郎。
はっきり加納と視線をぶつけながら、俺は説明を始める。
「いいか? お前はモテる。これは悔しいが事実だ」
断腸の思いである。こんな奴がモテるなんて。
「だが考えてみてほしい。なぜお前はモテるのか? ——それはお前の顔が整っているからだ。奇跡的に可愛いから、お前はモテる」
理由のほとんどが顔と言っても過言ではない。それくらいこいつは可愛いのだと思う。そこに異論はない。
逆に言えば、そこに今回の議題の答えが秘められている。
「お前は前に言ってたよな? 同じクラスに限らず、いろんな奴から告白を受けたことがあるって。それはつまり、お前の『中身』を十分に知らなくても告白を決意するのに十分な動機があるってことだ」
そう言うと、加納の眉間がわずかに動いた。
「その動機とは何か……。考えるまでも無い。他ならぬお前の容姿だろう。ほとんど初対面のやつは、ぶっちゃけお前の顔とおっぱいだけで告白を決意したに決まっている。性格なんて知りようがないからな。いや、もしかしたらおっぱいだけで決めたかもしれない……」
男はバカなので十分可能性のある話だ。
「この事実から、『外見』が重要視されていることは言うまでもない」
「——ちょちょちょっ。タイム! 異議ありよっ!」
しかし無論、そんな俺の意見を加納が見過ごすわけもなく。
加納は俺をギロっと睨みつけ、そして胸元を隠すみたいに両手を組んだ。
しまった……。さすがに今のはコンプラ違反だったか。
おっぱいだとか何だとか。今の発言は気持ち悪すぎた。このご時世に真っ向から反するnot SDGs発言である。これには加納も怒っていらっしゃるご様子……。
「私は顔だけじゃ無いわ! 性格も良いでしょうっ!?」
「怒るところ、そこなのか」
……いや違った。セクハラ発言よりも顔だけと言ったことに腹を立てていた。マジかよ。セクハラの方はスルーでいいんですか。
ならば、俺にも反論の余地はあるようだ。
「んなわけねぇだろ。バカかお前。……いやマジで。全然そんなわけないからね?」
こいつの性格が良いとか冗談ではない。ジョークには笑えるものとそうでないものがあるが、これは明らかに後者である。全力で否定すべき事案だ。
「確かにお前は部活の外じゃ上手く猫を被ってる。けどそれは性格が良いって意味じゃないからな? ただ見せてないだけ。汚い一面を」
切歯扼腕。加納が悔しそうに俺を見ている……が、構わず続ける。
「お前が学内アイドルやっているときは、ただヘラヘラ笑ってるだけなんだよ。笑顔振りまいて純粋な男子を騙してるだけだから。それを性格がいいとは言わないの。分かる?」
なぜだろう。日頃の鬱積を久しぶりにぶつけられているからか、俺の演説は徐々に力が入っていた。声量も徐々に大きくなり、語気さえどんどん荒ぶっていく。
「だからお前は性格が良いんじゃなくて、顔が良いだけなの。お前がモテる要素は顔しかないの! これでファイナルアンサーなの!」
全てを言い終え、俺は全力疾走後のランナーばりに呼吸を整える。
完璧な演説だった……。異論の余地はないだろう。
「——は、ハルたそ……?」
「あぁ、なんだよ?」
「それくらいにしておいた方が……。ことはっち、指の関節を鳴らし始めてますよ……」
「えっ」
弥富に気付きを与えてもらい、俺はふと我に帰った。
憎悪の感情。——いや殺気だ。形容し難い負の感情が、目に見えるのではないかという濃度で俺を包み込んでいる。
俺と同じくらい、呼吸を荒げているカノウコトハが、そこにはいたのだった。
「——陽斗くんっ、覚悟は……できているのよねっ?」
満面の笑みだった。可愛らしく爽やかで、いつまでも記憶に残りそうな、そんな笑顔である。
柳津陽斗、十六歳。
——その日俺は、内臓が抉られるようなボディブローを喰らい失神した。
ええ、もちろん。
二発、いただきました。