逡巡の末に
——加納の態度がおかしい。はっきりとそう思った。
さっきから言葉は回りくどいし、態度はなんかモジモジしている。もちろん加納の言動はもとより常軌を逸したもので、本性を表した加納には何人たりともついていけないだろう。しかしそれにしたって今の加納はどこか怪しい。そう思わざるを得ない状況だった。
だってそうではないか。急に「真実に触れる覚悟はできたか?」なんてラノベでしか聞かないような台詞を口にしたかと思えば、すこし喋って、今度は突然ピタリと話すのをやめてしまったのだ。……いや、マジで。何を考えているのかさっぱり分からん。声をかけても反応は鈍いし、どうしたらいいかテンで不明。
今のところ俺が得た情報といえば、弥富がアホということだけである。しかも聞いた限り、弥富の脳ミソは高校生の学力として心配になるレベルだった。……四字熟語知らなすぎだろあいつ。やべぇよ。アホ丸だしだよ。この前の模試も散々だったみたいだし、よくこの学校の入試通ったよな……。呆れを越えてむしろ感心してしまった。
あと俺が加納に文化祭欠席を拒否られた理由。これもよく分かった。俺が文化祭を休めなかったのは、そもそも有休が認められなかったからのようだ。……。うーんなるほど。ヤバすぎるこの部活。ガチでやばい。俺だけ適用の謎ルール、マジでヤバイよね。もうこんなの加納が俺のこと大好きで束縛してる以外に合理的な説明がつかないが、そういうわけじゃないっていうのが分かりきっているあたり、俺も成長したものである。
謎の結論に着地したところで……。うん。俺は背もたれに体重をあずけて座り直した。加納の方を再び見据えるも、状況はこちらが声をかけてからあまり変わっていない。最後の質問以来、加納はフリーズしてしまったかのように沈黙を貫いていた。
もちろん、何か変なことを言ったつもりなど毛頭なかった。この沈黙は加納の判断によって作られた状況ということだろう。早く続きを話してもらいたいところだが、こいつも色々と考えないといけないことがあるということか。……いやまぁ。そんなに考えることありますかね。
加納の置かれている立場について、俺も理解できるところはある。鳴海と生徒会、そして自分の立場それぞれを尊重した結果、加納はこの文化祭で苦しむことになったのだと察する。相反する思惑の折衷案を練るのはさぞ疲れることだろう。そうだな。いわば今回の加納は、板挟みの中間管理職みたいな状況だったのだ。うん。……違うか。違うね。
下らないことを考えていたとき、ようやく加納に動きがあった。
こめかみに手をやり、そして長い吐息の後にポツリと呟いた。
「……やっぱり」
長い沈黙を破り、ついに出た加納のその言葉は、決意の表れとでも言うべきか。
重々しく、とても言いにくいことをこれから話さんとするように、加納は俺の方へと視線を預ける。
しかしこれでようやく明かされるのだ、と思った。
なぜ鳴海がこんな騒動に加担したのか。加納は何を知っているのか。そしてあの日に起きた出来事は何なのか。全ての謎が今ようやく解き明かされる。
期待と不安が混ざり合ったような複雑な気分を抱えながら、俺も加納の方を見据えて。
なぜこんなことが起きたのか、その理由がいま——
「——やっぱり、やめた」
「…………えっ?」
「やめたわ。アンタに話すの」
淡白に、とてもあっさりと、加納はそう言った。
吹っ切れた感じだった。加納はどこか清々しい面持ちでいるのに気付いた。
……ん? 今なんて?
今しがたの発言の意味が分からず、俺は迷子状態に陥る。
「……やめた? え、どういうこと? 話すのやめたって、どういうこと?」
「どういうことも何もないわよ。……やめたわ話すの。アンタに話したところで、私に一銭のお金も入らないし」
「……ん? は? ——いやおい、ふざけんなよ!?」
「なに? どうしたのよ。血相まで変えちゃって」
「いやいや、ここまで来て話さないなんてことある!? 完全に洗いざらい話す流れだったよね? 今から事件の解決パート始まるところだったよね!?」
「何言ってんの、意味分かんない」
いやいやいやいやいや? 意味分かんないのはお前の方だ。さっきから何言ってんだこいつは。
もう話数的にそろそろ話さないとヤバい頃合いですよ加納さん? 今はなんで鳴海がこんなことしちゃったのかを喋る時間なんですけど? サスペンス劇場でいう断崖絶壁まで来ちゃってるって。ちゃんと台本に目を通した? もしかしてセリフ忘れちゃった? いやマジで喋ってもらわないと読者の皆さんは納得しませんよ?
ここでお前が話すべきは事件の真相であって、自己中なお前の気まぐれ発言を披露する場ではないのだが?
「アンタに話しても良いかなって思ってたけど……。でもやっぱり、ここで私が全部喋っちゃうのは違う気がしたの。ここでアンタに話せば、それこそ莉緒ちゃんや梓ちゃんの気持ちを踏み躙ることになるし」
「はぁ……。いやでもな……」
「二人の気持ちを裏切ってまで話すことは本意じゃないわ。アンタに真実を話すことよりも、もっと優先されるべき気持ちがある……。アンタもそう思うでしょ?」
「いや知らねえよ。なんだよそれ。俺その話聞いてないから、そもそも共感できないんですけど」
頭おかしいでんすかこの人は。俺に同意求めてどうすんだ。
鳴海や弥富の気持ちを踏み躙る……と加納は言った。しかしこちとら全く想像がつかない。どんな話をしたんだこいつら。
「……莉緒ちゃんが今回の事件に加担している事は、私から認めるわ。莉緒ちゃんから聞いたこと、その全てをここで言えるわけじゃないけど……、安城先輩に協力していたのは事実よ」
俺から目を逸らすようにして、そして少しぎこちなく加納はそんなことを言った。今までの話を聞いた限り、その点は疑いようのない真実と言って間違いないと思う。
だからこそ俺は動機を聞きたかったのだ。やはりいくら考えても鳴海がこんなことをする理由がテンで分からなかった。俺が恋愛相談部を恨んでいるからこそ犯行に及んだのであればその理由にも説明がつくが、こと鳴海においてはその動機が一切予想できない。
「何より私は、莉緒ちゃんが今回の犯人になったその気持ちに、向き合うことができていると思うから」
「……やけに遠回しな言い方だな。単刀直入に聞くが、お前は鳴海の動機を知っていたんじゃなかったのか?」
「それは、まぁ……」
言い淀む加納。
「知っていたとは……少し違うかも。たぶん私の勝手な想像なのかな……」
「想像、ねぇ……」
「いやまぁ、どうなんだろ……。そもそも私は、何がしたかったのかな……」
一人で自問自答するみたく、ぶつぶつと加納は呟く。憔悴しきったような表情に、俺はそれ以上の追求をすることもできない。
何と言うべきか。加納の態度が平常のそれと違う事は俺にも分かった。加納が何を思い悩み何に苦悩しているかはさっぱりだが、それにしたって加納が重大な決断をしたことは間違いないのだろう。少なくとも加納が俺に「何も話さない」と決めたのは右顧左眄した結果でないということは理解したつもりだ。
もちろん鳴海が何を思って安城先輩に手を貸し、恋愛感謝祭を潰そうとしたかは分からないままだ。肝心の動機は聞けず仕舞いだし、他にも腑に落ちていない点は多くある。
加納がこうなってしまった以上、鳴海本人に聞いてやっても良いのだが、それでは加納の覚悟と面子に泥を塗るようでこちらとしてもバツが悪い。となれば今日の俺が取るべき行動は一つであると結論付ける。
いやまぁ、なんつーか……。
毎回毎回、なんで俺はこういう立ち位置にいるんだろうな。ほんと。
しかし仕方のないことだと、そう自分に言い聞かせるしかなく。
俺は——
「——分かったよ」
この馬鹿騒ぎに、幕を下ろすことにする。
「——これ以上は、聞かない」




